祝2023:ゴルフ中継の新たな時代に向けて(2)

2.     コメンタリーの変遷

視聴者の絞り込み

 昭和の昔の日曜日の午後、早すぎる晩酌を始めながら父が見ていたTVのトーナメント中継は、今でも印象に残っています。カラフルなシャツを着たプレイヤーたち、コースの緑の鮮やかさ、アナウンサーの抑制された声・・・。眠気を誘うような独特の空気が流れていたあの中継は、私にとっては好ましい思い出です。多分にノスタルジックな理由からかもしれませんが、正統的なゴルフ中継といえば、私はあの昭和のTV中継を思い浮かべるのです。

 地上波TVは不特定最大公約数的視聴者を念頭においていたはずですが、ゴルフ専門局ができて欧米のテレビ局が制作する中継を貰い受ける形での海外での試合の中継が始まって、我々はオーソドックスな方法では視聴者のニーズを満たせないと感じて、否応なく新たなスタイルを模索せざるを得ませんでした。送られてくる映像と音声を視聴しながら日本語のコメンタリーをつけるという作業は、受け身の形式ならではの難しさを伴います。我々は連日、現地の最新情報を把握するためにかなりの作業をこなして放送に臨み、次に何が映ってくるかわからないスリリングな状況の中で長時間の実況解説を続けます。

———--コリン・モリカワ、7番ホール、パー4の2打め185ヤード、6番アイアンを手にしています。風は右横2時方向から。グリーン手前左に深いバンカーがあります・・・

 映されるプレイを描写するプレイ・バイ・プレイのコメンタリーは基本ですが、あらかじめ作り込まれたビデオ・パッケージが挟み込まれたり、プレイヤーのインタビューが入ってくることは常です。全てに即時対応することは不可能に近いですが、うまく取り込んで話を盛り上げたり、英語を即時通訳して臨場感を維持するといった臨機応変が不可欠。自分達で話をしながらも現地からのコメンタリーを聴いて情報収集しつつ日本語コメンタリーに活用していくわけです。

———--モリカワのアイアンは契約先のテーラーメードがモリカワとのコラボで作り上げた新しいアイン。まだ一般には販売されていませんが、イニシャル「CM」の刻印はメジャーチャンピオンの証・・・

 90年代終わり頃は、ゴルフ好きで40代以上の比較的高収入の男性がコアな視聴者である、という想定のもとに、より専門的情報量の多い中継が目指され、中継スタイルは変わっていきました。この認識はゴルフチャンネルを日本に導入したJCTV(日本ケーブルテレビジョン)の調査に基づいていました。コアな視聴者の年齢層は2010年代になって40代後半と言われていましたが、インターネット配信が始まるや、新しい視聴者獲得のために若年層を強く意識せざるを得なくなりました。

———--フェアウエイの右脇にはフィアンセのキャサリンさんが見守っています。ペッパー大学ゴルフ部出身。この秋に結婚式の予定。キャサリンさんが連れているのは愛犬ゴールデンドゥードゥルのコア・・・

———–モリカワはラーメン好き。ロスに帰ってきたら必ずダウンタウンのリトルトーキョーで食べるそうです。「辻田」さんのラーメンがお気に入りで、ただ「辻田アネックス」じゃないとダメなんだよ、と言ってました。そこのキラーヌードルは絶品だよ、とのこと・・・

Golf Channel ニューススタジオでの特番

 ともあれ、アメリカ、フロリダのオーランドにあったゴルフチャンネルではチャレンジを続けました。私を含めて4人のアナウンサーが主に二人組となって中継を担当。情報収集と放送時の現地とのやりとりをはじめコーディネータを務めてくれるスタッフが一人、という最小限の布陣。アナウンサー自身がコメンタリーの戦略を立てて3時間から6時間、4日間の中継に臨みます。いわゆるディレクターはおらず、サポートしてくれるスタッフが一人だけという放送は日本ではあり得ないことでしょうが、不可能ではないことを証明してきた、と申し上げたいところ。しかしテクノロジーの進展でさらに少人数、ローコストでのフレキシブルなコメンタリーがすでに実現しています。

革新的なリモート・コメンタリー

 GOLFTVの日本語コメンタリーは2022年秋からインターネットを使ったリモート・ボイスオーバーになりました。地球上のどこにいてもライブでコメンタリーができる仕組みが導入され、我々も自宅に居ながらのトーナメント中継を実践してきました。スタジオを開いて回線と数人の技術者を確保しなくては中継ができないという時代は終わったわけです。

 WBD(ワーナー・ブラザース・ディスカバリー社)は欧州のEuroSportsというプラットフォームでいち早く各種スポーツのリモートコメンタリーを始めていました。ロンドンのWBDを統括拠点に、この分野のパイオニアであるIRIS社のシステムを利用して、世界各地の現場から送られてくる映像と音声を、フランス、パリの拠点を経由してインターネットで我々コメンテーターのもとにストリーミングで流し、コメンテーターはそれを視聴しながらインターネット電話を利用して実況解説をし、その全てがノルウエイ、オスロのDMR(デジタル・ミキシングルーム)のもとで、まるで一堂そこに会しているかのように時系列が調整されて視聴者にネット配信されるシステムです。

自宅からネットでライブ中継

 詳しいことは説明できませんが、私はそのシステムの体験を通して、スポーツ中継が再び新しい次の時代に入ったことを実感しました。それと同時に、私自身の世界が国境をいくつも超えて一気にグローバル化したように感じ、国際人とはこのことかなどと大袈裟な感慨にとらわれました。アメリカでのゴルフの試合がロンドンの司令の下、パリ経由でフロリダの私の自宅に送られてきて、私と相方のおしゃべりがオスロで調整されて日本へ届けられるのです。毎回、我々はオスロのフレンドリーなスタッフとネット電話で打ち合わせをし、中継中も随時テキストでコミュニケーションを取りながら、フランス人の英語によるカウントやキュー出しを聴きつつしゃべる・・・。当事者として言えるのは、コメンテーターに本来必要な知識やコミュニケーション能力に加えてコンピュータ関連のちょっとしたスマートさがあれば、ゴルフを愛するより多くの人たちとインターネットを通じて「ゴルフのいま」を共有し、楽しみを分かち合うことができる・・ということです。

 さて、本題に入ります。これまでのトーナメント中継における経験を通して私が考えているコメンタリーのあり方を簡潔に記します。(続く)

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