祝2023:ゴルフ中継の新たな時代に向けて(1)

1.     プラットフォームの変遷


ゴルフ専門局とライブ感覚

1995年:GOLF CHANNEL誕生

 ゴルフ中継はニーズとテクノロジーによって大きく変わってきました。放送と言えば地上波TVだけ、という時代から80年代終わりに放送衛星によるBS放送と通信衛星利用のCS放送が始まって、そのコンテンツとしてスポーツ中継がより大きな位置を占めるようになってきました。90年代に入ってNHKが米ツアー中継を導入し、ゴルフの専門局(専門チャンネル)である『ゴルフネットワーク』が設立され、アメリカの『GOLF CHANNEL』も1996年秋から日本に導入されました。それまで見ることのできなかった欧州ツアーや2年に一度の米欧対抗戦ライダーカップを生中継で楽しめるようになり、活字で知るばかりだった世界のゴルフ界のニュースや詳しい情報をリアルタイム、映像付きで接することができるようになりまし。視聴者は「ライブ感覚」に新鮮な喜びを見出し、「ゴルフのいま」を楽しめるようになったと言えます。私もその一人でしたが、インタビュー番組で世界のトッププレイヤーたちの話をじっくり聞けるのは魅力でした。

1990年代後半:4日間・長時間ライブ

千葉晃さん(中央), 沼澤聖一さん(右)と筆者

 ゴルフは現場での観戦とTVを通じた中継の観戦が大きく異なるスポーツ。156人ものプレイヤーが時間差をつけてコースへ出て行ってあちらこちらで同時的に球を打つので、現場では限定された場面しか見ることができませんし、コース全体でその時何が起きているかを把握することはできません。しかし、TVでは多数のカメラを動員し、録画して即再生したものを次々に繋いで見せてくれるので、多数のプレイヤーを擬似的ライブで追いかけることができます。もちろん現地観戦には代え難い価値がありますが、TV観戦とは別体験。プロゴルフはTVあってのスポーツです。しかし、そのトーナメント中継自体も変わってきました。

 80年代までの地上波TVの中継は日本ツアーがメインで、日本のゴルフファンのために制作されるオリジナル・プログラムでしたが、4日間競技の土曜日と日曜日だけの放送で、その日のラウンド18ホールの後半部分の2時間余りに限られていることがほとんどでした。1991年にNHKはBS放送で米ツアーのアメリカでの中継に日本語実況解説をつけるローカライズ放送を始めました。

「新雪を滑り始める気持ち」

右から倉下明さん, 村田宏プロデューサー, 沼沢聖一プロ
セントアンドルーズ・オールドコースでの2000年全英オープン中継を終えて・・・

 一方で、通信衛星利用のスポーツ専門チャンネルが登場して長時間の生中継も可能になっていました。1998年にJ・スカイスポーツ(現J・スポーツ)が米英メジャーである全英オープン、全米オープンの完全生中継を女子、シニアも含めて開始したことは画期的でした。米英ホスト局の制作する中継を貰い受けて、そこに日本語を載せるローカライズ形式。そのコメンタリーを現地で行なったり、日本のスタジオでモニターを睨みながら行う方法(オフチューブ)が大部分で、全4日間、メジャーならではの連日8時間を超える生中継。悪天候やプレイオフになれば10時間はゆうに超えることもあるし、全米オープンには月曜日の18ホールの決戦もあった時代で、そのすべてをライブで放送するというものでした。

 私は幸運にもその新しい中継の実況アナウンサーに採用され、世界のトッププレイヤーによる大舞台に興奮のあまり、ほとんど不眠不休の「メジャー・ハイ」状態で喋りまくっていました。最初は1998年の全米オープン。初年度初日の中継を前にして、制作部長だった倉下明さんが「これから新雪を滑り降りようっていう気分だな」と言ったのが印象に残っています(写真右端)。1999年の全英オープンの時はJ・バンデベルデのおかげで最終日8時間の中継を続けた挙句にプレイオフとなり、明け方から4時間の延長生中継。あまりに劇的な展開に疲れも吹き飛んで実況を続けておりました。とにかくも、ゴルフファンにとっては72ホールの競技を全ラウンド、延長なら勝者決するまで長時間生中継で観戦できる新時代が始まったわけでした。

2010年代後半:ネット配信と生中継時間の飛躍的増大

ゴルフチャンネル・スタジオ(オーランド)

 ゴルフの競技人口は世界的に増え、メディアのデジタル化が進む中で2016年には五輪ゴルフが112年ぶりに復活。スポーツのインターネットによる配信も加速して、コンテンツとしてのゴルフ中継のあり方も変わってきました。私は2002年から米ゴルフチャンネルに入社して欧州ツアー、米PGAツアーの日本向けローカライズ中継を続け、2017年からはABEMA(2016〜)、DAZN(2016〜)というインターネットのプラットフォームの中でのネット配信による中継に移行し、2019年秋からはGOLFTV(2019-2022)というプラットフォームでライブ配信を続けてきました。

 年間50試合近く設定されるツアーの従来の中継は、午後スタートのプレイヤーたちのライブだけということが多く、初日二日目のアーリーラウンドは約3時間、週末二日間の決戦ラウンドは4時間余り。もちろん最終日は勝者決するまでの完全中継が専門チャンネルとしてのプライドでした。PGAツアー自体も2019年から制作部門によるライブコンテンツの拡充を進め、「PGA TOUR LIVE」の名の下に有力選手や注目選手の全プレイの生中継配信を早朝からスタートさせました。既定のコマーシャル・ブレイクの間にも、プレイ中の選手たちの様子を網羅的に盛り込んで配信するというスタイルを始め、コマーシャルを入れなくても観戦を続けられるコンテンツを作っています。それを全てネット配信していたのがGOLFTVで、さらに新しい時代の試合中継が実現されたと言っていいでしょう。ファンにとっては自分の贔屓のプレイヤーのプレイぶりを余すところなく見たいのが心情。出場する試合の全てのショットを生中継で見せて欲しい・・・。ファンのその想いを叶えてくれる時代はついにやってきました。

松山英樹:エブリーショット・ライブ!

初日早朝の松山英樹
TPCソーグラス練習場

 2020年3月12日木曜日、第5番目のメジャーとも評されるPGAツアーの旗艦イベント、プレイヤーズ・チャンピオンシップ初日。少し蒸し暑さも感じさせる朝8:24、フロリダ、ジャクソンビル近郊のTPCソーグラスの10番ティーを、松山英樹さんがリード、キャントレーという二人のパトリックと一緒にティーオフして行きました。松山さんは出だしから4連続バーディー。いつものようにあまり表情を変えず、山伏のような風情でさらにバーディーを重ねて最後はイーグル。終わってみればコースレコードに並ぶ9アンダー63で2位に2打差をつける圧巻のラウンド。私は狭い中継ブースの中で、これこそゴルフ中継史上の大きなエポックであるという思いもあって緊張しながらも、そのことに応ずるかのような松山さんの飛び抜けたパフォーマンスを目の当たりにして夢中で実況中継しました。出場全選手の生中継はマスターズが先に試みていましたが、PGAツアーにとってこの「エブリーショット・ライブ」は史上初めてであり、松山さんのプレイぶりもあって日本のゴルフファンには一つの記念碑的配信であったと言えます。パンデミックのために初日終了と共に試合自体がキャンセルとなって、「松山、初日63」が幻となってしまったのは残念でなりません・・・。

自分時間ライブ

エブリショットライブ特設ブース

 生中継にはそれだけで「今、この瞬間」を同時体験している喜びがあります。ライブには代え難い価値がありますが、視聴者はそれぞれの事情で視聴時間を合わせられないことも多いのが現実。まして、PGAツアーはその大部分が日本時間の深夜から早朝にかけての生中継なので連日のライブ観戦はつらいに違いありません。それを解決してくれたのが「オン・ディマンド」配信です。トーナメント中継はネット配信も加わってファンのニーズに応えるべく変化していますが、このオン・ディマンド配信は最たるものでしょう。ゴルフ中継は現場での録画即再生を繋ぎ合わせて出来上がるので、厳密に言えば擬似ライブですし、半日遅れで見てもそれもライブ、「自分時間ライブ」と私は申し上げたい・・・。

見て、聴いて、参加して楽しめるゴルフ中継

桜田明彦さんとの長時間放送

 ともあれ、90年代のゴルフ専門局の登場からネット配信が主流になりつつある現在まで、フルタイムの実況アナウンサーとして関わってこれたことは私にとって幸運でしたが、難しさもプレッシャーも、もどかしさも責任感も感じてきました。ゴルフ専門局にフルタイムで雇用されて中継に専念できるというのは日本では難しいことでしょう。それだけに、私と同僚の桜田明彦、倉本泰信、小崎淳史の4人には、視聴者のニーズに応え、かゆいところに手が届く試合中継をしなければ、という思いがありました。もどかしいのは、中継が視聴者へ向けての一方通行だということ。どう受け止められているかがわからないという不安がつきまといます。欧州ツアー担当時の私は夜明け前にスタジオに入ることが多かったこともあって、「まるで夜の闇に向かって吠えている犬のようだな・・・」などと自嘲することもありました。そこで、視聴者に電子メールで感想や意見を求め、それを生放送中に紹介する試みを始め、長時間中継のオーストラリアオープンの際には、メールをくださった視聴者と生放送中に電話をつなぐ、というチャレンジもしました。ネット配信となってからはTwitterを活用してツイートを呼びかけ、視聴者がシェアしながらリアルタイムで中継でも紹介して、それを取り込んだ話も盛り込んで双方向的に展開させていくという試みをしました。観戦を視聴者にとっての双方向的な体験にしたいわけです。

小崎(Jack)敦史さんとメジャー特番LIVE FROM

 この26年で実況解説のコメンタリーは大きく変わりました。この間の私の経験では、配信のプラットフォームが6回変わって中継の形態も変わっていき、新たな視聴者層も想定されるようになりました。当事者としては、コメンタリーのスタイルも変わらざるを得なかったという実感もありますし、現在も模索中であると申し上げるしかありません。本稿を書き始めた理由は個人的な思い出話をするためではなく、もちろん私個人の経験と分析ではありますが、これからのゴルフ中継のあり方を考えたいと思ったからです。(続く)

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