6月の手紙

まだ危機は続いているわけですから、くれぐれもお気をつけください。それにしても3か月も自宅に籠っていると、自分の地金というか素顔が露出したままでいても何の支障もないので、それはそれで快適ですけど、かしこまったり装ったり、仮面をかぶってちょっと演技をしたりする、社会的日常的行為が懐かしかったりします。

*素顔のままで

横浜でも恒例行事が軒並み中止と聞いて、私は遠くにいても残念です。6月になると、横浜の、とくに下町に住んでいた僕らガキどもが楽しみにしていたのは開港記念日でした。その日は学校が休みになって、みんなウキウキしながら横浜公園のバザーに出かけて行きます。横浜らしいインターナショナルな仮装行列もあって、着飾って港のあたりを練り歩く人たちやエキセントリックな山車を見るのは好きでした。ついて回る友だちもいたけれど、僕は少しだけ怖くて(!)、遠めから見ていればよかった。いまも私にあるかすかなクラウノフォビア(笑)はその頃芽生えていたのかもしれません。

*服部貴一さんのエッセイ

横浜の情景といえば一昨年、光陵高校先輩の服部貴一さんが亡くなったことを知ったときはショックでした。どうして自分がひどく動揺しているのか、しばらくわかりませんでした・・・。私が1年の時の3年生で、服部さんはバスケ部で私は水泳部。ろくに話もしたこともなかったのに・・。

高校のフォークバンドで、服部さん作詞の歌を歌わせてもらったのでお名前は知っていました。校内新聞みたいなメディアに寄稿しておられて、私は服部さんの描く世界に憧れていました。最近、あらためて共感が蘇りました。短編小説のようなエッセイを思い出したからです。

とある雑居ビルの2階の、いつもの喫茶店で、
僕は例によってちょいと薄めのキリマンを飲んでいた・・・

確かこんな書き出しでした。45年前の文章をおぼえているのですから、よっぽど強く響くものがあったのですね。いまでも、そのときの、自分の感性が同調した喜びを思い出します。同じ横浜生まれだからなのか、そこに描かれていたのは、私にとっての原風景と呼べる横浜だったんですね。服部さんはそのエッセイに「かくれんぼの鬼は誰?」というタイトルをつけていました。

*半世紀前のことだなんて・・・

子どもの頃の横浜には市電が走っていて、運河がありました。その思い出が50年以上も前のことだということには実感がとぼしい。去年、帰国できた折に久しぶりに生まれた街を歩いてみたら、変わってしまったものよりも自分の記憶の鮮明さに感心しました。「古くなって色褪せる・・・」「記憶の彼方に蒼然と霞む・・・」などというのは嘘だなと。憶えているのに戻れないということを納得するための方便だなと。

古い記憶はすでに時系列から解き放たれていて、好ましい思い出は脈絡なく浮かんできては、それぞれが結びついてしまったりすることも起こる。生き直すことができないのなら思い出は繰り返し取り出して笑ってみたり、悔しがってみたりしたほうがいいに決まってる。

6月はそんなことを思いながら歌っています。服部さんの世界をうまく再現できるとは思えませんが、70年代のイメージなので40数年ぶりにハーモニカをふかしたりしました。横浜への想いは絶えないし、まあ、あれこれ無邪気にやっても、私ももう還暦だから許されるでしょうね。

*かくれんぼの鬼は誰?

伊勢佐木町を抜け出して馬車道も通り過ぎて 大桟橋の方まで歩いて
雑居ビルの2階のいつもの喫茶店で 薄めのキリマンジャロ飲んでる
きみはまだ来てないから 待つのはイヤじゃないから 街を眺めてるよ
楽しみにしてたバザーもあるからね 港の誕生日
ほら パレードがくるよ
色とりどりの いろんな国からの おかしな仮面つけた
あれは君なの? 見たこともないドレス着て・・・
ついていかなくちゃ 山下公園まで

どっかの遠い国のふとっちょのタンカーが ぼんやり浮かんでる
赤っぽい錆の色が 水際のところが なんだか懐かしい
土曜日の朝だしね 明日もお休みだから まあいいけど
置いてきぼりなのは僕の方なんだね いま気づいた
いーじゃん わかってるけれど
素直じゃないから 知らんぷりしてる 泣き出しそうな空
それとも独りよがり? こざっぱりした顔をして・・・
あのさ かくれんぼの鬼は誰?

(小松, 2020年6月11日)

*As I Did So

生まれた町を歩く 忘れ残したものを探して
いまはもう秋だから 遠くのものが見える
黄色い路面電車が 記憶の中を過ぎる
君といた幼い自分を もう一度 生きてみたい

行きかう人も車も 変わっていても
夢がいまも交差してる 西之橋に立てば
待ち合わせたあの店から 甘い香りがしてる
頰をこぼれた光が 運河の空に消えた

何も言えなかった 君はそこにいたのに
何を見ても思い出せる 君が永遠になる
子どもたちの声が 響いてる公園の
懐かしいブランコで 見上げた高い空

I’ll be thinking of you, I’ll be singing for you
As I did so

(小松, 2020年6月5日)

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