いかに筋金入りのゴルフファンといえども、毎週繰り返されて途切れることのない試合の連続に少し飽きてしまったり、勝利を成し遂げることの厳しさに、すこしばかり辟易としてしまうこともあるかもしれない。そんなときにも、こういうストーリーがあるのがスポーツだ。先週のこの話は私の実況中継した試合でのことではなかったが、ダイレクトに私のなかの「やらかい部分」に触れた。いや、世界中のいたるところで、こういうストーリーが繰り返されているだろうことを、忘れてしまったらいけないなと私はあらためて思った。そして、同じ世界に生きていて良かったと、私は思ったのだった。
先週のアルゼンチンオープンは今年で114回目を迎える南米最古の伝統の一戦。勝者には世界最古の全英オープン出場資格が与えられる試合だ。勝負は最終日に気を吐いた二人、コロンビアの27歳、リカルド・セリアと米25歳、ブランドン・マシューズのプレイオフにもつれ込んでいた。
18番パー4での2ホールではともにパーで決着がつかず、3ホール目、パー3の17番ホール。マシューズが見事なショットで2m半につけた。セリアは10m。明らかに劣勢だった。しかし、決然と構えに入り、ねじ込んで見せ、勝敗の行方を見守ろうとグリーンを取り巻いたギャラリーは大いに沸いた。
この週、マシューズのパッティングは好調で、ファイナルラウンドも含め4日間で3度、このホールをバーディーにしていた。歓声が鎮まるや、マシューズは落ち着いた様子でよどみなくアドレスし、テークバックした。その瞬間、誰かが叫ぶような声をあげた。
たじろいだマシューズは右手に力が入ってしまい、ボールはホールを回り込んでそれていった。
「カモン、ガイズ!マジかよ?!」
明らかに憤慨して、それでも嘆くように力なくそう言ったマシューズは、優勝も、初めての全英オープン出場のチャンスも逃し、セリアがキャリア2勝目をものにした。
ほどなく、ロッカールームにいたマシューズに競技委員が声をかけた。
「残念だった。でも聞いてくれ。明らかにあってはならないことだったが、事情はこうだ」
競技委員は、あの叫び声の主がダウン症をもつ中年のゴルフファンであったこと、彼が白熱した勝負の行方に興奮を抑えきれず、声をあげてしまったことを告げた。それを聞いたマシューズは表情を変え「彼のところへ連れて行ってくれないか」と言った。
マシューズはそのファンのところへ行き、競技委員の通訳の助けを借りて声をかけた。
「どうだい、大丈夫かい? 試合は楽しかった?(”Hey, are you doing OK? Are you having fun?”)」
マシューズは彼をハグし、グラブにサインをして手渡した。
「ぼくは自分が憤慨したことがひどく恥ずかしかった。彼がバツの悪い思いをしていないようにと願った。彼に対して頭にくるような人のいないことを望んでいたし、ぼくが怒っていないことを彼に知って欲しかったんだ」
マシューズは、夜行で現在の家のあるフロリダに飛んで帰ってきた朝、ゴルフチャンネルのインタビューでそう語った。ピッツバーグ出身で母親が福祉の仕事をしていたことから、周囲にメンタル面での障害を持つ人たちがいるなかで育った。彼の親友の妹もダウン症だったという。
「ぼくの心のなかのソフトスポットなんだ。彼らはほんとにスペシャルな人たちなんだよ(” I have a soft spot in my heart for it. Those are really special people”)」
居合わせた競技委員によれば、叫び声の主の彼はその後、とてもハッピーそうにしていたという。ブランドン・マシューズは高額の優勝賞金も世界最高の舞台への出場権も逃した。しかし、ゴルフファンのわれわれにあらためてこのゲームの姿を見せてくれたという意味で、この週のベスト・ゴルファーにちがいない。
Some things are bigger than golf.
And this was one of them.
(2019年11月20日、小松直行)
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