ベス・アレン(2016年欧賞金女王)
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2016年のレディース欧ツアー(LET)で賞金女王となったのは、米サンディエゴ出身のベス・アレンだった。アレンは1981年生まれ。遅咲きといえばその通りだが、何を成し遂げたのかということに関してなら、彼女は間違いなくベストゴルファーの一人だ。
キャリアの始まりは辛いものだった。カリフォルニア大学ノースリッジ校を卒業して2005年にプロ転向。Qスクール成功ですぐにLPGAのレギュラーになったが、20試合に出て賞金を得たのはたった3試合。2部ツアーに降りても思うように稼げず、4年が過ぎた。
元プレイヤーのマルディ・ランの勧めで2008年から欧ツアーに行った。その年は中途半端だったが、フル参戦の2009年には手ごたえを感じた。しかし、賞金ランキングは50位以内にも入れなかった。
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身内に健康問題が続いていた。サンディエゴのクラブプロで、彼女のコーチだった父ジム・アレンは、彼女がLPGAデビューを果たした当初、彼女のキャディーをしていたが、しばらくして体調不良を訴え、翌年に癌で亡くなった。
父ジムは彼女に試合に出続けて欲しいと強く主張していた。彼女は父が亡くなった時に出ていたニューヨークの試合で自身初のホールインワンを出した。
9歳上の兄ダンは1999年に腎臓移植を受けたが思わしくなく、毎日10時間に及ぶ透析を5年間も続けていた。2度目の腎臓移植が必要になり、母キャロラインさんが腎臓の提供を願ったが、健康上の理由で不適格とされた。アメリカでは腎臓の提供を待っている患者は約7万8千人いるが、実現するのは毎年1万6千から1万7千件で、うち約7千件が生体腎移植である。2010年、ベスは自分が提供することを申し出た。
臓器を提供する方も、される方にも、移植手術自体に生命に関わるリスクが伴う。腎臓が一つになった提供者は、二つある時よりも機能的に10%は低下するという。世界各地を転戦しながら連日プレイを続けていくツアープロが、これからキャリアを築いていこうというときにドナーになることは厳しい選択だ。
手術は2011年2月に行われて成功し、経過は良好だった。兄の生活は劇的に変わって普通の男性のようにゴルフを楽しんだり野球観戦に出かけられるようになり、いままで心配ばかりしていた母も自分の生活を取り戻す様子を見て、ベス・アレンは心から喜びを感じた。
「人生って何なのかを捉え直したって言えばいいでしょうか」
「20代の頃はゴルフがすべてでした。それしかなかったとは言えませんけど、ゴルフの悪い時は自分が全く価値のない人間であるように感じていました。でも、いまはそんなふうには思わない。周りの人たちとの絆は強まったし、明るい明日が待ってるなと思える」
明るい未来は自分のゴルフでも実現した。彼女は5月に競技に復帰。秋には上位入賞が増え、翌年以降も年間成績は安定した。2位が3回、3位も3回あった。ただ、優勝には届かないでいた。
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腎臓を提供して兄の命を救って、人生観も変わったというだけで勝てるようになった、という話になるわけではないのは、考えてみればあたりまえのことだが、もう一度、彼女に自分を見つめ直させることがあった。2012年8月、イングランドでのレディース欧マスターズ(当時名称はブリティッシュ・マスターズ)。単独首位であと2ホールというところにいたのだが、バンカーの縁に球がめり込んでアンプレイアブルにせざるをえず、トリプルを叩いて1打差で勝利を逃した。彼女には、単なる不運とそれを片付けることができなかった。
「考えが少し甘かったんだと思います。2位が何回かあったから、そのうち勝てるわね、なんてね。思い上がりがあったんですよ」
試合後、眠れない夜が一週間近く続いた。悔しさと同時に、優勝はどれだけ意味のあることなのか、自分がいかに優勝したいと思っているか、を痛感したという。
苦い思い出とともに自分を見直すきっかけになったその試合で、続く2年はカット落ち。しかし2015年は年上の友人がキャディーを買って出た。欧14勝、米5勝、2年に一度の米欧対抗チーム戦ソルハイムカップにも8回出場して活躍したソフィー・グスタフソンだった。
「彼女くらいになれば、一緒に楽しくやろうよっていう軽いノリでやってくれることだってありえるでしょうけど、どれだけ真摯な気持ちで申し出てくれているかを感じて、私もすごくやる気になりましたね」
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ベス・アレンは好調だった。最終日を迎えた時、首位のキャロライン・マソーンからは5打差だったが、前半のうちに5バーディーをものにし、マソーンは落とした。後半にもバーディーを決めたが直後の15番でボギーにした。続く16番でグリーンが空くのをかなり待たされた時のことを、ベス・アレンは「この先も決して忘れない」という。グスタフソンが話しかけてきたのだった。
「ソルハイムカップのときの話をしてくれたんです。勝負がかかった場面で何を考えていたか、どうやって雑念を追い払って、目の前の一打に集中しようとしていたかを話してくれた。特別なひとときでした」
彼女はのこる3ホールをパーにしてあがり、プロ転向10年目の初優勝をものにした。
「なにか解放されたような気分でしたね。私は勝者なんだと言えることが。しかもあの試合、あのコースで勝ったんですからね。すごいことだな、宇宙の神秘なんじゃないかしらってね」
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2016年、ベス・アレンは欧ツアーで16戦、2試合連続優勝を含めトップテン8回。発足38年目のLETで、アメリカ人として初めて賞金女王となり、年末にはアメリカのQスクールに挑戦して成功。2017年は米欧両ツアーを一つだけの腎臓で掛け持ってプレイしている。素晴らしいことはもう一つあった。2016年7月、長年のガールフレンドだったクレア・クィーンさんと結婚式を挙げ、エジンバラに新居を構えたこと。
「クレアはスコットランドのゴルフ振興の仕事をしているので、私も貢献できる。大勢の子どもたちが私についてくれてゴルフをしてるんですよ。もうニコニコしっぱなし!」
ゴルフ界では毎年、チャンピオンたちが賞賛される。優勝回数や記録は偉大だが、我々がもっと讃えるべきなのは、他者のために何をしたか、他者が何をしてくれたのかということかもしれない。それらはどこかで作用し合いながら、ときおり、惑星直列のように勝利と結びついて輝きをますのだろう。
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