“エンジョイ”するとゴルフは楽しい?!

サム・ブラゼル(2016香港OP)

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2016年12月の香港オープンは、ライダーカップ出場まで果たしながら優勝のないラファエル・カブレラベヨが初日から好調。三日目に豪のサム・ブラゼルが首位に並んだ。最終日は二人とも浮き沈みを見せる間に、アンドルー・ドウト、トミー・フリートウッド、デイビッド・リプスキー、ダニー・ウィレットが首位に並ぶ局面があったが、ブラゼルが11番から3連続バーディーで2打リード。カブレラベヨは16番17番の連続バーディーで並び返すも、最終ホールでブラゼルが2打めを2m半につけてバーディーで決着した。

「正直に言うと、ナーバスになって崩れそうになった時がありました。でも、いい対処法があったので、しのげました。笑顔を作って、いまを楽しもうと考えただけですけどね。うまく行ったみたいです」

SAM BRAZEL: To be honest, I was a bit of a nervous wreck. But I’ve got some good procedures going at the moment, just smiling and trying to have fun. It seems to be working.

終始、穏やかでしたね、と優勝後の記者会見で問われたブラゼルはそう言った。「楽しむ(enjoy)」とはよく言われる。エンジョイというのは「受け容れる、享受する」という意味だから、目の前の現実を拒否するな、楽しめる要素を探せ、ということなのか。プロたちがそう言うのを聞くたびに、勝負に最善を尽くすことと果たして両立可能なのかどうかと私は疑っていた。

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ニューサウスウエールズ州北東部の町リズモーの出身。16歳でハンディーキャップがシングルになり、元ツアープロのリチャード・マーサー(Richard Mercer)に師事してプロになった。ゴルフをしていない時はいつも釣り。もしプロゴルファーになってなければ漁師になっていたかな、というブラゼル。私は試合を中継しながら、見ている方もリラックスさせてもらえるようなナチュラルさがこの人の魅力だな、と感じていたが、最後のバーディーには驚かされた。ワールドランキング33位のカブレラベヨの方が、480位のブラゼルよりも分があるだろうと、内心では思っていたからだ。

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その年末に38歳になろうというブラゼルにとって、世界レベルの競技のスタンダードである4日間4ラウンド競技での初めての優勝だった。それまで規模の小さい豪ツアーの試合に出ながら亜ツアーの出場権をとって、日本も含めアジア各国を回って、優勝には縁がないような成績を重ねてこつこつと稼いでいたジャーニーマンだったのだ。そのブラゼルが、欧亜共催の晴れ舞台、香港オープンで勝った。オーストラリアのレジェンド、ピーター・トムソンやグレッグ・ノーマンを含め時代を代表する世界の英雄的ゴルファーが名を刻んできたトロフィーを手にしたのだ。

「とにかく、試合のあらゆる瞬間を楽しもうと考えたんです。それは今週、ずいぶん簡単なことだった。観客が、子どもたちが、たくさん来ていてゴルフを見ていたのは素晴らしかった。主催者が子どもを巻き込めたのはよかったですね。子どもはそこにいるだけで楽しいから、私みたいにプレイヤーの方もエンジョイしやすい。そういう子どもだったんですからね、私たちも。香港オープンをみんなで共有できて楽しかった」

SAM BRAZEL: I’m just trying to enjoy every moment of it, and this week’s been real easy to enjoy. The crowds, the amount of kids that are around watching golf this week has been great. I think the event organisers have done a great job in including the kids, and it’s just fun to see that stuff. Makes it easy to enjoy as a player like myself. We all come up through those ranks and yeah, it’s been fun to be part of the Hong Kong Open this week.

優勝の翌週、豪全国紙のジ・オーストラリアンに、ブラゼルのコーチ、マーサーの談話記事が出た。世界のどこへ行っても勝てるだけの力がありながらこれまで優勝がなかった理由は、7年前の悲劇だったという。2009年、ブラゼルはガールフレンドのアビーさんとハンガリー旅行をした。アビーさんはブタペストで細菌性髄膜炎にかかって亡くなってしまった。その後3、4年、ブラゼルはどん底を経験した。何も考えられず、集中できず、悪いショットが出ると自分を責めていたという。教え子の力量を知っているだけにマーサー自身も心を痛めていただろうが、優勝のきっかけとなったのではと思い当たることがあると話していた。

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豪ツアーの年間アワードの授賞式が、今年も12月に入って催された。普段は世界中で戦っている豪の猛者たちが一堂に会して旧交を温める恒例の行事だ。前月、10年ぶりにアメリカで勝っていたロッド・パンプリングが帰って来ていた。パンプリングが勝った試合はシュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレン・オープン。この試合は132人で戦われる予定だったが、事務局が144名と勘違いした。この事務局のミスでパンプリングは出場資格を得て、初日に11アンダーの60を出し、最終日の最終ホールで10m近いバーディーパットを沈め、10年ぶりのキャリア3勝目をものにした。47歳のパンプリングは、旧知のブラゼルが実力を発揮できないまま、あいまいに年を重ねているのを知っていて、言葉をかけたという。

「君には勝てる力がある。悪いショットが出ても深刻に考えすぎるな。グッドショットを愛せ」

ブラゼルの初優勝はその翌週のことだった。何かを乗り越えたのだろうと考えていいのではないか。いつだって、愉快なことは待っている。エンジョイしようがしまいが、現実はいつでも自分の思いもよらないやり方で提示される。もとより私たちにとっては受け入れることしかできないものなのだ。だから楽しもうというのが答えなら、少し気が楽になる。

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