古くからある市営コースに行った。米フロリダ州中部の、人口二万八千人ほどのウインターパーク市は、一九世紀の終わりに米北東部の裕福な実業家たちの避寒地として計画的に築かれた町だ。一〇〇年を越える建物も多い瀟洒な街並の中心部に、一見、ただのオープン・スペースのような九ホールのコースが、一九一四年から存在している。
往来の多い通りに面しているホールばかりなので、球が曲がると肝を冷やす。それでも来てしまうのは、幼い頃、三角ベースで遊んだ居心地のいい空き地を思い出すからか。隔離された専用の場所だけでなく、日常生活のかたわらにコースがあるのもいいものだ。
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ゴルフの育まれたスコットランドでも、コースは町はずれの空き地のような場所にあった。もともと公共の土地だから、市民は自由にコース内を往来していた。安全のため、他者との距離はあいまいにしておけない。子どもたちは、クラブを構えるゴルファーがいればしばし静止して押し黙り、打たせてあげることを学んだ。
左ドッグレッグで二打目が左の墓地越えになるパー5がある。墓参者のいるときには、狙いたいラインがかからない所まで無罰で右に移動すべ し、というユニークな「局所ルール」がある。
ティーイング・グラウンドが公道に接していて、柵も植え込みによる仕切りもない。右隣の集会所で葬式があると、タイミングによっては、すぐうしろを墓所へ向かう黒い葬列がゾロゾロと歩いているときに、打たなくてはならない。一緒に回った近所に住む連中が、「そういうときにはすぐ打たず、いったん黙礼してから打つんだ」と言っていたので、私もそうしている。
木漏れ日の中で墓前の花束が鮮やかだった。人影はなかったが、きょうは墓越えを狙わなかった。九〇ヤード残っていた三打目は手応えのある当たりで、小さな砲台グリーンを飛び越えていった。奥は線路で、ちょうどアムトラックの長距離便がのろのろとさしかかって来ていて、とぼとぼ歩いていくと、デッキに立っていた男と目が合った。ニューヨークから乗って来たのなら一一六〇マイルの旅だ。私は小さく手をあげた。
(2009年1月22日付毎日新聞夕刊掲載)