言うは難く、行うも・・・言語隠蔽効果

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一瞥しただけの人の顔を言葉にして説明すると、最初の記憶が妨害されてしまう、という現象がある。言語隠蔽効果と呼ばれるが、ゴルフの動作についても同様な作用の起こりうるという論文が、認知心理学の専門誌に発表されていた。

3回連続でパットを成功させる実験で、初めに達成した直後の5分間、自分が何に気をつけてどんなふうにパットしたのかを事細かに記述させた。そして、再び3回連続で入るまでに要した打数をみた。

同じ5分間にゴルフと無関係の言語的課題をさせたグループと比較したところ、パッティングを思い出しながら説明した者の打数は平均で2倍以上になっていた。自分のいまやったことを言葉にしようとしただけで、直後のパフォーマンスが格段に悪化したのである。

ウィークエンド・ダファーにとって、もはや初心者とは言えなくなって久しいのに、いっこうにスコアがよくならない原因はこれだったのか。次のホールへ向かうとき、いまのパットはこうしたから入ったとか、あのショットはここが失敗だったと話すのは、われわれのつねではないか。それが次打を蝕み、ゴルフをダメにしていたなんて・・・。

思い当たることはある。スウィングの秘密が「わかった」と思ってメモしておいても、次のときには再現されないという悲劇はどうだろう。それだって、動きのコツを書いて理解しようとしたばかりに損なってしまう例に違いない。

そもそも、ゴルフの技術を言葉で表現することが可能なのかどうか。的確で明晰な用語をどれだけ用意しても、言い尽くせないのではないか。そのうえ、言語化という作業自体が本質を覆い隠して見えなくしてしまうということなら、これからは打って即、思考停止。スウィング談義は無用だ。ゴルフは右耳と左耳の間でするスポーツだなんて、カッコつけるのもやめにしよう。身体は言葉でコントロールできないかもしれないし、所詮、身に付いていないことはできないのだ。

ともあれ、世に言う教え魔とはまさに言葉によるソフトな破壊工作であることが、学問的に裏付けられたようで結構だが、ところでテレビの技術解説は大丈夫なんだろうか。

(2009年4月16日付毎日新聞夕刊掲載)

(文献)KRISTIN E. FLEGAL and MICHAEL C. ANDERSON, Overthinking skilled motor performance: Or why those who teach can’t do. Psychonomic Bulletin & Review, 2008, 15 (5), 927-932.

 

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