「おい、じっくりやれよ」
「なぜだい?」
「これ以上のものは、ないからさ」
優勝の間違いなくなったサイモン・ダイソンが最終ホールのグリーン上でラインを読んでいるとき、同伴競技者のダレン・クラークが言った。欧州ツアー、セント・アンドルーズでの大団円。何度も勝っているダイソンだが、幼なじみに出会ったような感慨深げな様子だった。
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距離不問の即時コミュニケーション時代にあって、ゴルフは時間がかかりすぎると敬遠する人も少なくない。でも、ゴルフはそもそも距離と時間を共有して味わうためのゲームだったか、と考えてみる。ダファー(下手)の私に競技者の喜びは縁遠くとも、一緒に回る人の真剣なさまを見つめる時間、グリーンへ歩きながら言葉を交わす時間、あるいは、早起きして期待に胸躍らせてコースに到着するまでの時間がある。
一昨年になるが、南アフリカ南西部の美しい海沿いの町モッセルベイは、頂点を極めた二人のゴルファーを生んだ。全英オープンで勝ったルイ・ウーストフイゼンと、欧州女子ツアー賞金女王となったリー・アン・ペース。27歳のウーストフイゼンが優勝賞金で真っ先に買ったのは豪奢なスポーツカーではなく、自分の農場で使うトラクターだったという話。それだけで地に足の着いた生活を感じさせる。ペースは、なぜ、同じ町から強いプレイヤーが出たと思うかと問われて答えていた。
「気まぐれな海風のなかでゴルフを憶えたからでしょうか。世界各地を転戦して条件が変わっても、すぐ対応できるんです。それにあの町は生活がのんびりしているので、練習する時間はたっぷりありますから」
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風土と時間が強いゴルファーを育む。我々の方はどうして忙しいのだろう。時間はあるのではなかったか。より多くを為すためではなく、より少ないことに豊かに振り分けられるべき時間。
ともあれ、冬の日にも戸外で遊べるゴルフの幸せ。寒いと静かでいい。ジェイムズ・ダッドスンが父とのゴルフ旅行について書いた『ファイナルラウンズ』の一節、病に覚悟して息子とリンクス巡りの旅に出たその父の言葉が、陽だまりの氷のようにジーンと響く。
「エンジョイしろよ。このゲームはすぐ、終わってしまうのだから」
(2012年1月26日付毎日新聞夕刊掲載)