「いい球だね」と桜田明彦が言った。ノーマン設計のチャンピオンズゲートGC、インターナショナルコースの13番214ヤード。わずかな打下ろし、ほぼ無風。ふだん余計な事は言わない桜田がほめたのは、前の週の大風邪が治って気分も浮いてきたからだろうと思いつつ、私は3鉄をバッグに差した。米国ゴルフチャンネルに勤める我々は、日本人としては世界に唯二人しかいないフルタイムのゴルフ専門アナウンサーで、実況中継のプロフェッショナルだが、お互いのショットについてあれこれ言うことは少ない。二人とも描写しようがないダファーだからだ。いや、いずれにしろゴルフでは、いつ黙るかが重要なのである。ともかく二人でグリーンへ来ると、先に寄せていた桜田がホールの中にある私のボールを見つけた・・・。
僕らダファーはいつも自分の潜在能力の出現を待っている。だからゴルフはつねにもどかしい。梅雨空のように心はふさぐけれど、それでも太陽は隠れているだけだと思えるのは、このゲームに取り憑かれた者の複雑な心境だ。
ゴルフを始めてすぐの頃、打っても打ってもうまく行かず絶望的になった頃だったか、突如として何かの具合が絶妙に協調し、クラブが、予定されていたかのようにまったく力むことなく振り抜けて、いつもの打撃で生ずるはずのイヤな振動や反作用のたぐいの感じられないばかりか、あっけないくらい軽快で甘美な手応えを残し、それまで心に願い続けてきた以上に滑らかで力強い弾道を描きながら空へ球が飛んでいくさまを、恍惚と解放感の中で見送る体験をしたことがある。
「これだ(That’s it)!」
2009年に亡くなったジョン・アップダイクの小説の“うさぎ”こと、ハリー・アングストロムはそう言った。
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僕らがこのゲームを始めたのは健康でいるため、競技に出て勝つため、あるいは、生活上のもっと深刻な他の事柄から解放されるためだったかもしれない。でも、いつのまにか熱中するようになると、自分を突き動かす力は別のものであることに気づく。そして自分にとって何の見返りも必要としないということが、どんなに素晴らしいかと思うようになる。
コースに出ているときは、思いもよらない不運に見舞われても甘んじて受け入れることができるし、一緒に回る人たちを思いやり、いいショットが出れば我が事のように喜べる。自制心を失わず、ルールを拠り所に公明正大にプレイしてベストを尽くす。そうしてあるとき、自分でも思いもよらなかった瞬間に、ゴルフを始めたことが正しかったことを実感するのだ。
「イット」はゴルファーなら誰もが経験できる至福の喜びだ。イットは小さな白い球であり、イットは直径108ミリのホールだ。イットは瑞々しい緑の芝、イットは彼方に揺らめく旗。イットは祈り、イットは永遠の願い。イットこそわれわれの生の証しなのである。
(2013年2月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)