砂の感触のように不確かなもの(いつの日かジェイスン・ミラードに栄光を)

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ジェイスン・ミラードはテネシー州ナッシュビル近郊マーフリスボロー出身在住の24歳。高校時代を通して地区のトップアマとして活躍し、地元のミドルテネシー州立大学に進学。ゴルフ部の一員として全米年間優秀選手にも選ばれ、サンベルトカンファレンスの学業成績優秀者表彰も受けた。卒業と同時にPGAツアーのQスクールに挑むが1打差でファイナルへ進めず、この2年は下部ツアーで戦っている。2部ツアーの試合にもなかなか出られない資格なのでマンデー予選に通っているが、いまのところ7回出て成功なしというところだ。

ミラードにゴルフを教えた父エディーさんが、去年、白血病で亡くなった。まだ60歳だった。以来、ミラードは白血病リンパ腫撲滅基金のチャリティーに参加している。母デビーさんは難病の多発性硬化症で、2年前からついに歩くことが困難になった。一人暮らしになってから身の回りの簡単な世話をしてくれる人を頼んでいるが、食料品の買い出しや各種の支払い、そして薬の補充という重要な仕事はミラードの役目になっている。

6月最初の月曜日、ミラードはメンフィスのコロニアルCCで全米オープン最終予選に出て本戦出場権を獲得した。ただ、初めてメジャーでプレイするチャンスが訪れたというのに、その後5日間を煩悶して過ごした。通算27ホール目となるノースコースの18番ホールで、グリーンサイドのバンカーから打ったとき、クラブが砂に触れたのではないかという疑念が消えなかったのである。

その場では同伴競技者のトミー“両手手袋”ゲイニーに確認したが、ゲイニーはグリーンの反対側にいたのでわからないと答えた。競技委員には当事者の自己申告だと告げられた。旗竿を見やってからスウィングを始める一瞬のこととはいえ、意識を集中していた自分が確信できない以上、不問だと考えたミラードは、そのホールをパーセーブとし、残りの9ホールを終えて8位タイで大舞台への切符を手にした。しかし、ソールが砂に触れるのを感じたのではなかったかという思いは日増しに強くなり、はじき飛ばす直前の砂にできたかすかなくぼみのイメージさえ、頭の中に繰り返し浮かんできた。

「毎日、そのことを考えてました。確かではないじゃないか、それならやってないってことじゃないかと自問し続けました。でも、気持ちは納まらなかった」

土曜日の朝、ミラードは父の日の日曜日まで戦える身支度をして、キャディーとともに車でパインハーストへ向かった。マーフリスボローからノックスビルに至る何もない荒涼とした土地を1時間ほど走ったところで、USGAに電話を入れた。2罰打を加えずにスコアを提出したと説明し、ミラードはみずからを失格とした。来た道を戻って母の家へ行った。事情を聞いたデビーさんの頬を涙が伝った。デビーさんはミラードを誇りに思うと言い、来年、きっと行けるわと言った。

(月刊ゴルフダイジェスト誌2014年9月号)

引用:ゴルフチャンネル同僚のジェイスン・ソーベルがwww.golfchannel.com に寄せた2014年6月7日付け記事を元にして書きました。

 

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