Unwritten お楽しみはこれからだ

緑がかった茶色の瞳がいたずらっぽくきらめく、あのときの屈託ない笑顔をとり戻して欲しい。2006年。彼にとっての初めての全英オープン。ロイヤルリバービルの塔の先端のリバーバードが2羽とも見えるホテルの部屋から、マージー川の河口を渡ってホイレイクに通った夏。

リバプール出身のニック・ドハティーは2011年、プロ転向10年目にして深刻な成績不振に陥った。出場32試合で31回カット落ち。年間出場権を失い2部ツアーに落ちた。ジュニア時代から名に聞こえ、19歳でプロ転向するや欧ツアーで新人賞に輝き、同じイングランドのポウルター、ケイシー、ローズ、ドナルドとともに“スパイス・ボーイズ”と呼ばれ、ラルフ・ローレンの看板選手としてファッショナブルな新感覚ゴルファーの代表選手となったスター。そのドハティーの突然の失墜。

誰もが驚き、嘆いた彼のスランプはすでに3年目に入った。振り返れば、つねに順風満帆だったわけでもない。デビュー当初は危なっかしいほどのパーティー好きだった。率直に反省しながら2005年に初優勝。翌年は祖父が亡くなり、彼女と別れ、秋に母イニスさんが癌と診断される重大事が続いた。2007年は躍進。全米オープンで7位タイ、秋に2勝目。2008年にマスターズ出場。家族みんなで喜びを分かちあった直後に母を亡くした。母も願ったライダーカップ出場を勝ち取るために試合に出続けるが、かなわずに終わる。2009年に来た3勝目にはミュンヘンの青空を見上げて泣いた。

絵に描いたようなゴールデンボーイではありながら身近な存在感があった彼のことを、私は復活優勝のときに書きたいと願っていた。でも、ハッピーエンドになったときには、いま彼が何かに立ち向かっているということをきちんと考えられないかもしれない。ゴルフは怖い。わずか数打の差が光と影ほどの極端な対比に見えてしまう。そして我々には犯しやすい過ちがある。個人の奮闘を、努力すれば必ず報われるという単純でもっともらしい成功物語に仕立て上げたくなることだ。そうやってスポーツを、わかりやすい人生の縮図のように見て、勝ち組と負け組に分類した上で納得したくなる。そうしたくなるのは、我々の現実がそう単純ではなく、簡単に結果の出ない辛気くさいものだからなのだ。

いま30歳のドハティーのキャリアには喜びも不幸も成功も失敗もあるが、特殊ではないし何も終わっていない。2010年にはSKYテレビ司会者のダイ・スチュワートと結婚。大晦日にセントアンドルーズで挙式。去年は息子が生まれ、賞金の規模はともあれ2部ツアーの17試合で12回稼いだ。ダイ夫人は仕事をやめて本格的後方支援に回った。20代が終われば、30代の10年が待っている。

目の前にはいつも、白紙のページがある

汚れた窓を開け、呪縛を解き放とう

肌濡らす雨粒を感じられるのは自分だけ

あの夏、何度も聞いていた“Unwritten ”。書かれていない物語の続きを始めようと、ナターシャ・ベディングフィールドの歌声が今も響く。ゴルフはつねに振り出しに戻るもの。来年の全英もリバプールに戻る。その時また会おうぜ、ニック!

(2013年5月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)

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