good vibe

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2012年7月、イングランド、ロイヤルリザム・アンド・セントアンズでの全英オープン最終日の朝、アーニー・エルスはクリケットの試合を観ながらベッドでまどろんでいた。不意に、誰かがピアノの鍵盤をポンと叩いたように1つの考えがひらめいた。

(もし自分が勝てたら、ネルソン・マンデラ元大統領にお礼を言うべきだ)

夢を奪うアパルトヘイト時代に27年間も刑務所に囚われていた不屈の闘士が大統領に就任したのは1994年5月。24歳だったエルスはその翌月、全米オープンに勝って、虹の国を目指す新生南ア初のメジャー勝者となった。そこから18年後のこの日、世界65勝めを遂げたエルスは、それを実行した。

「南アフリカのスポーツ人が今日あるのも、彼のおかげだと思うのです」

 

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6打差の逆転優勝をものにできたのは、アダム・スコットの最後の4連続ボギーの結果だ。ただ、メジャーの最終日のバックナインで渾身のショットを放ち、プレッシャーのかかるパットをねじ込むために物を言ったのはエルスの何だったのか。パッティングに苦しみ、3月には1mを繰り返し外して、万策尽きたかのように感じていた。それでも南アのシェリル・コルダー博士の下で眼を鍛えるトレーニングを始めた。体格から推して知るべしの愛飲家が5月には酒をやめた。すでにメジャー優勝を重ねている42歳のエルスにとっても、勝利に方程式などなかった。

「長くやってきて、いろんな事が起こるのを見てきた。このリザムなんかはまさに、少しでも疑う気持ちがあったら噛みつかれるというコースだ。バンカーだらけ、トラブルだらけ、風だって少し吹いていた。だから、この一打を決めてやるという思いでプレイした。チャンスがあるぞと感じていたんだ」

“グッド・バイブ”とエルスは表現した。技術と経験、決意と自信の渾然として作用する、天性の競技者の本能的な感覚なのだろう。エルスの中で、この週の初めに妻のリーゼルさんの言った言葉が静かな波のように響き、家族の顔が浮かんだ。

「みんながあなたを信じているように、あなたも自分を信じなさい」

 

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2008年、当時5歳だった息子のベンが自閉症であることを公表し、治療法開発とサポートのための基金を立ち上げたエルスは、キャリアのピークにあって自ら精力的に募金と啓発に取り組んできた。

「ベンのことを思いながらパットをたくさん沈めた。ベンは私が球を打っているのが好きで、いつも見てる。球の飛んでいく様子や音が好きなんだ。私はベンを喜ばせたかった」

最終組の2組前を回るエルスが18番グリーンに上がってきて4m半のバーディーを決めた時、スコットがまだ1打リードしていたというのに、まるで優勝の決まったかのような大歓声が湧いた。45分後の授賞式のスピーチで同じギャラリーを前にして、今度はエルスが共鳴した。

「ひとつ聞いておかなくてはならない。あれはただのねぎらいだったのか。それとも皆さんは実際に私が優勝できると信じていたのですか?」

(2012年10月号ゴルフダイジェスト誌掲載)

 

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