ポルトガルの首都リスボンから西行き高速A5号線でエストリル、さらに終点カスカイス。果てはシントラ山地がそのまま大西洋まで来て途切れたように切り立つ、高さ144mの花崗岩の断崖ロカ岬。「ここに地終わり海始まる」と詠じた16世紀の詩人カモンイスの石碑を前に、いま、ユーラシア大陸の尽きるところに立っていると思えるのも、長い旅程をかなりこなして来たからか。追いかけている夕陽がここで沈むなら、その前に明るく燃え上がってくれよと願うばかりだ。
この地の温かな海沿いのコース、オイタボス・デューンズで初めてポルトガル・オープンが開催された2005年4月、90年代半ばまでに4勝をあげて以来、優勝から遠ざかっていたポール・ブロードハースト(英)は、勝てないでいる間に生まれた息子たちに、かつてライダーカップにも出て活躍した強い自分を見せたいと願っていた。首位から2打差で最終日に入り、出だし5ホールで2つ落としながら6番、7番、9番をバーディーにして踏ん張るが、11番へ来たときには4打差をつけられていた。ロカ岬が見晴らせるティーイング・グラウンドで待っていると、年配の男性が近づいてきた。
「あなたが勝つことになる」
囁くようにそう告げられたブロードハーストは苦笑いを返したが、その男性は念を押すように言った。
「信じなさい。この試合はあなたが勝つのです」
ブロードハーストはそこから4バーディーを決めるものの最終ホールをボギーにして13アンダー。クラブハウスリーダーにはなったが脇役のまま終わった印象だった。主役の二人、ポール・ローリーとバリー・レーンが最終組で抜きつ抜かれつの大接戦を演じ、15アンダーで並んで残り2ホールを迎えていたからだ。
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ところが、そこから信じ難いことが起きる。17番でローリーがトリプルを叩いて12アンダーに後退。そしてパー4の最終ホール、ボギーでも優勝となったレーンがティーショットを引っ掛け、そこから満足に打てないライが続いた末にOBも来る大惨事。なんと9にしてしまう。ローリーもようやくパーをとるに終わり、ブロードハーストの10年ぶりの勝利が決まった。手放しで喜ぶ心境にはなれなかったブロードハーストだが、18番を囲むギャラリーのなかから「私がそう言ったでしょう!」と叫ぶような声を聞いた。
翌年までにブロードハーストはメンタルトレーニングを自らに課し、スイング改造にも取り組んだ。そして、アルガルベに舞台を移して迎えた同大会で、初日に64で飛び出すや、ベテランらしい落ち着いたゲーム運びで勝ち抜いた。今度はギャラリーの不思議な予言こそなかったが、勝つために戦っていることを見せつけるような見事な連覇となり、ふたつの優勝が、それぞれ輝かしさを増すことになった。
勝つべくして勝つということがあるなら、それは他の誰の意思でもない。私たちはある時、自分でも思いがけない場面で、そのことを知るのかもしれない。
(2012年5月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)
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