AK2008はどこへ行った?

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自分がそこで生まれ、何かを継承し、この時代に存在していることを証明した喜びなのか…。ライダーカップの結果をまとめる番組の進行役を務めながら、2年に一度の賞金のないこの対抗戦に勝った欧州選手が、歓喜のあまり涙ぐむ姿を見てそう感じた。過去12年でアメリカが一度だけ勝った2008年のアンソニー・キムのことを考えていたのだ。

あの年、ダイヤを散りばめたような派手な装飾で“AK”の文字を象ったベルトのバックルを、誇らしげにきらめかせて、23歳のキムは2勝1敗1分けで勝利に貢献した。初出場ながら物怖じしない態度と大胆なプレイぶり。何より、相手を圧倒したいという熱意が、ほかの選手に伝染した。「とにかくプレイさせてくれ、やっつけたいんだ」と願い出るキムを、キャプテンのポール・エイジンガーは12名全員が一騎打ちで戦う最終日の先鋒で送り込んだ。相手は前年まで14勝4敗2分けという戦績を誇る欧州サイドのエース、セルジオ・ガルシア。そのガルシアを、キムははなから追いつめるように5&4という大差で早々に破り、後続のアメリカ勢11人を大いに刺激した。結局、アメリカは12のシングルスで7勝1分けにしてカップを9年ぶりに奪還したのだった。

 

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アンソニー・キムはいったいどこへ行ってしまったのか。

怪我のニュースは伝えられている。2010年に親指の手術をして翌年に復帰するも、親指をかばっていたせいで今度は左の手首の関節炎に悩み、さらに2012年5月にサンディエゴのビーチを走っていて左のアキレス腱を断裂。その手術をして以来、戦列を離れていて、すでに2年が経った。

親しかったプロでさえ近況を知らないことを不思議に思ったスポーツイラストレイテッド誌のアラン・シプナック記者が調べようとしたが、取材は拒絶され、エージェントともあまり連絡を取り合っている様子はなかった。唯一、匿名の念を押して口を開いた近しい友人が、すでに怪我は癒えて練習もしており「インパクトの音は凄いし、いい球を打ってる。もう肉体的に問題はない」と言っていたらしい。そうならなぜ復帰しないのかと訝ったシプナック記者が漏れ聞いた話は、キムはプロとしての自分に障害保険をかけてあって、怪我でキャリアが終わる事態となった場合には3500万ドルの保険金を手にすることになる、というものだった。

いま、アンソニー・キムは何をおそれ、ためらっているのか。ツアー2勝してライダーカップに出た2008年の、横柄なまでに輝いていたあのAK2008はどこへ行ったのか。マスターズの最終日のバックナインをバーディー、バーディー、バーディー、イーグル、バーディーというめくるめくチャージで上がって見せた、突き抜けるような闘争本能はどうしたのか。勝利への無垢な願い、自分の能力を解放したいという燃えたぎる欲望をさらけだしたアンソニー・キムが、保険金のためにこのまま復帰しないことを選択するなんて、私には到底、思えない。

(月刊ゴルフダイジェスト誌2014年12月号掲載)

 

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