3年越しの悪魔払い

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宮崎で2勝しているトーマス・ビヨーンはデンマークの偉丈夫。無敵だった2001年のT・ウッズを打ち負かす実力の一方で、不調時の落ち込みも激しく、傍目には少しエキセントリックなキャラだが、欧ツアーの選手会長を長く務めている。仲間からの信望の厚いのは、自分の仕事を我慢して続けて行くということを、身をもって示してきたからだろう。

 

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事の始まりは2003年の全英オープン。ビヨーンは単独首位で迎えた最終日、残り3ホール時点で2打リードしていながら、16番でバンカー脱出に3打かかってダボ。結果は一打差の2位だった。悔しさの中で翌週のアイリッシュオープンに出て初日からトップに立ち、最終日はマイケル・キャンベルとのプレイオフに突入。ひとホールめにキャンベルが30cmにつけるスーパーショット。それでもビヨーンは気力を集め、8m弱のパットを沈めるかに見えたが、球はホールの縁に止まったまま落ちなかった。

 

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惜敗は続いた。年明けのジョニーウォーカークラシックでも初日から単独トップで最終日に入りながら、一緒に回るMA・ヒメネスに逆転される。そして7月のアイルランドで切れた。ヨーロピアンオープンの初日、6ホールで4オーバーという時点で唐突に棄権してしまう。

「自分の中のデーモンと戦ってるんだ」

訝しむ記者たちに説明を求められたビヨーンはそう言ってコースを後にした。

 

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9月のライダーカップには出られず、10月にアイルランドに戻ってアメックス選手権に挑むがエルスに1打及ばず、またも2位に終わった。2005年は5月にイングランドで、相手が乱れたこともあって優勝。迎えた7月、アイルランドでのヨーロピアンオープンでは、ついに鬱憤をはらすかに思われた。しかし、4打差単独首位で迎えた最終日の終盤、15、16番の連続ボギーでリードを失い、17番でティーショット3発を川に打ち込んで11を打ってしまう。最後もボギーでキャリア最悪スコアの86という大崩れだった。

翌年5月のアイリッシュオープンは凍える寒さの中、雨と強風で中断を重ねる神経戦。ビヨーンは初日に78を叩き、首位から9打差がついていたが粘り強く盛り返していった。月曜にずれ込んだ最終ラウンド。16番をボギーにするが、17番で難しいピンを決然として狙い、高く舞い上がる5鉄のティーショットを放って5mにつけ、それをねじ込む。最後は計算づくのバーディーを決め、因縁のアイルランドで、それまでの苦闘の総決算のような展開を耐え抜いてついに勝った。

 

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「これは、なんていうかな、やりたいと思い続けていたことだったんだよね。物事が上手く行かないときにも、オレたちは堪えなくちゃいけないし、ベストを尽くそうとがんばらなくてはいけない。できると信じて、立ち向かわなくてはならないってことなんだね。」

志村けんの殿様コントのように濃い眉尻を下げ、優勝会見で訥々とそう言った。

(2013年9月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)

 

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