解放のババゴルフ

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「周りはすごいプレイヤーばかりだが、自分にとって大切な人のことを考えていれば、雰囲気に飲まれることなく自分のゴルフができる」

今年最初のメジャーである4月のマスターズを前に、ババ・ワトソンはそう言っていた。2年前の優勝時には、一騎打ちのプレイオフを戦った相手と握手もしないうちに泣き崩れた姿がどこか頼りなかったが、今回は揺らぎない強さを感じさせた。勝利を決めたグリーン上のワトソンに、2歳の息子がよちよち歩きで近づいていった。

先日、テレビ番組で、あるショットの打ち方をたずねられたときに言葉に詰まっていた。自分の技術を説明しにくいのは、ゴルフがワトソンにとってコーチから教えられたものではなく、子どもの頃から遊ぶうちに身についたものだからなのだろう。教科書通りのスイングをジュニア時代に叩き込まれているエリートも多い中、驚くほどの飛距離と多彩なショットを武器にスコアを伸ばしていくワトソンのゴルフは破天荒で、「ババゴルフ」と称されて世界に聞こえるようになっている。そうした個性の勝利を痛快に感じるのは、型にはめられていないナチュラルなものの強さに私たちが惹かれるからだろうか。

「ミスをしたりして感情が乱れるときは、下を向いて歩くようにしている」

トップに立ったマスターズ二日目、ワトソンがそう言っていたことにも感心させられた。競技の鉄則のように言われることのひとつは、「前を向いて胸を脹れ」だからだ。失敗してうつむいているとますます意気消沈して実力を発揮できなくなるから、態度や行動で切り替えようという理屈は納得しやすい。しかし、大事なのは自分をコントロールすることであってその方法ではないということか。

あるいは、コントロールする必要さえ、必ずしもあるのかどうか。

 

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「悲しいから泣けるのではなく、泣くから悲しい」と考えてみることを勧めたのは19世紀に心理学をひらいたアメリカのウィリアム・ジェイムズだった。「肩を落とすな」とか「先ず笑え」といった教えも、その延長にあるのかと思っていたが、ババゴルフを見ていると、ジェイムズの提案が意味しているのは一面的な対処法ではなく、ときには逆転の発想ですべてを投げ出したらどうかということのようにも思えてくる。

努力して、がんばって、ベストを尽くすとき、私たちは何かにとらわれ、こだわり、縛られやすい。勝つための理論から解放されて自分なりのやり方があるのを感じられたら、喜びは得られるかもしれない。

(毎日新聞2014年5月8日付夕刊)

 

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