「いま、球が動いたかもしれない」
最終ホールのフェアウエイで打つ構えに入り旗竿を見やった瞬間、ホワイトフォードはそう感じた。すぐに自分のキャディーと同伴競技者、さらに彼を映していたテレビカメラマンにたずねたが、皆、動いたとは思わないと答えた。前のホールを ダブルボギーにして気を引き締めていた中での出来事に彼は苦笑いし、そのままプレイを続けてパーをとり、首位から一打差でサードラウンドを終えた。
スコットランド出身、プロ10年目、31歳のピーター・ホワイトフォードにとって、先月のインド、ニューデリーでの欧亜両ツアー共催アバンサマスターズは、いよいよ初優勝を狙う好機だった。初日に66の好スタート。二日目も伸ばして単独トップに立つ好調だったのだ
Embed from Getty Images
一夜明け、最終ラウンドに臨んだホワイトフォードは、3番ホールを終えたところで競技委員に失格を告げられた。前日のプレイをテレビで見ていた視聴者から欧ツアーのホームページに数件の書き込みがあり、競技委員が録画を確認した結果だった。アドレス後に球が動くと一打の罰となるのがゴルフの規則で、球を元の位置に戻さないまま打ってしまうともう一罰打が加算される。彼はダブルボギーの7を記入しなくてはならないところを5としたスコア誤記を理由に失格となった。
Embed from Getty Images
テレビ観戦者の通報が失格を招くのは初めてのことではないが、その度に後味の悪さが残る。テレビに映るプレイは全体のごく一部に過ぎないし、もとより規則は裁定に視聴者の関わることを想定していないからだ。今回もメディアでは失格の妥当性と規則見直し論が取り沙汰されると同時に、規則統轄組織の無策、プロの無知、通報行為は衒学趣味、自宅の安楽椅子にいて自警団を気取るなといった声があふれ、同僚プロたちの嫌悪感をにじませたつぶやきも含め、まるで多方向相互告発の様相を呈している。
もっともホワイトフォード自身は、スコアカード提出前に自分の疑念を委員に伝えていれば失格は免れたことを悔やみながらも、後日、「恨めしい思いはまったくない。ゴルフファンあってのプロだ。少なくとも話題になって名前を売り込んだから、悪いことだけじゃないよ」と笑っていた。
(2012年3月1日付毎日新聞夕刊掲載)
*2013年末、球が動いたかどうかの判定は肉眼でなされた場合に限るという基準が設定された。
Embed from Getty Images