自分と一緒に生きていられない

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「いま、クラブをテークバックするときに、枯れた葦に触れてしまった・・・。」

先週の米国での試合、最終ホールの見事なバーディーで追いつき、プレイオフにもち込んだイングランドのブライアン・デイビスは、グリーン脇の砂浜から打った時、すぐにそう思った。ならば2打罰で自分の負けだと考えて競技委員を呼んだ。ギャラリーもテレビ観戦者も、戦う相手のジム・フューリックも、何が起きたのかわからなかった。

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録画をスロー再生して、波で漂着した細い葦の茎がわずかに揺れる様子が確認された。ハザード内でルース・インペディメンツ(不定着物)に触れた違反行為によりデイビスは自らに2罰打を加え、念願の初優勝と賞金百万ドルを逃した。

ゴルフが他のスポーツと比べてたいへんにユニークなのは、ルール違反の当否がプレイヤーの自己裁量であることで、証拠や録画がなくても本人の自覚と判断で自らに科罰できる。ゴルフはその歴史の初めから、プレイヤーの自律を当然の前提にしていたからこそ、600年以上にわたって連綿と楽しまれてきたともいえるだろう。

規則の判例集などない時代には、規定にないような事態が起きても、プレイヤー自身が、何がフェアであるかを判断した。自分に有利なように振る舞わないということが暗黙の了解事項であり、いわばゴルフにおける精神の風土となってきた。ゴルフの規則自体、罰則が定められていても、それはフェアに保つための処置で、プレイヤーの行為をとがめるためのものではない。

「そうしなければ、自分でいられないからね」と、デイビスは後で言っていた。英語を文字通り訳せば、自分と一緒に生きていられない、と彼は言ったのだった。この表現は、品位、自尊心を保つという意味の慣用句ではあるが、ゴルフでは自分が試され、その結果に満足できるのは自分自身でしかないという思いがにじんでいる。

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(2010年4月22日付毎日新聞夕刊掲載)

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