僕はここにいて、ゴルフをしている

Embed from Getty Images

 

豪パース出身のスコット・ストレンジは、すでにアジアで2勝していたから実力は疑いようもなかったが、長身痩躯に日焼け止めのせいかいつも顔色が悪く弱々しく見えるので、つい心配させられてしまう。でも、見えたり聞こえたりすることからは、強さはわからない。

 

Embed from Getty Images

 

欧ツアーでの初優勝は2008年5月末のウエールズオープン。その週の彼は実際にめまいに悩まされていた。三日目には吐き気のためにティーショットをチョロにしてしまうほどだった。それでも、63-66-69-64のスコアで、初日から首位にたったまま4打差をつけての完勝。最終パットを沈めたときには、こみ上げる感情を抑えきれない様子だった。取り乱す寸前という風情だったので、私は実況中継をしながら、(30歳を超えた男にしてはいささか線が細すぎるな)と感じていた。しかし、正反対だった。後でわかったことだったが、一つ年上の姉ナタリーさんが子宮がんと闘っていて、1週間後に亡くなった。ストレンジは体調が悪くとも踏ん張って、家族の願いの込められた初優勝を成し遂げたのだった。

 

Embed from Getty Images

 

翌年4月のチャイナオープン。曇りがちな寒い日曜日の北京は、誰かが抜け出したかと思うとすぐに落とす展開で、首位に4打差の5位タイからスタートしたストレンジも後半に入るや優勝争いの渦中にいた。12番をボギーにしたが、舞台の北京CBD国際GCで最難関の14番をバーディーにする。優勝を争う10人のうち5人がスコアを落としたホールだった。ストレンジは15番もとって首位に立ち、17番でも5mを決めた。ただ、本人はリードしていることを知らなかったらしい。

「12番でリーダーボードをちらっと見て、混戦なのは気がつきました。でも、最終ホールでパットを沈めたときにも、勝ったかどうかはわからなかった」

「上がってから『ボクはどのあたりにいるんだい?』って、一緒に回るデビッド・ディクソンに聞いたら、『キミが2打差でトップだ』って。『そうなのか。やったね!』という具合でした」

 

Embed from Getty Images

 

勝負の世界にいながら無意識過剰と言うか、少し変なヤツなのかと思ったが、すぐに私は自分の浅見不明を恥じ、彼の竹を割ったような精神の力強さに打たれることになった。授賞式で、勝者に贈られる金の絹糸で織られた唐衣に袖を通した後、ストレンジはこう言った。

「この勝利は大きいです。この勝利の意味することは、僕がまだここにいて、僕はまだ僕のままで、姉はもはやいなくても僕はここにいて、ゴルフをしている、ということです。」

いま、母ロンダさんが乳がんの治療をうけているという。ストレンジは亜ツアーを中心にプレイしながら、豪国内での乳がん撲滅基金のアンバサダーとして活動している。何があっても前へ進んで行くしかない。誰もがそれぞれの思いで、自分にやれることをやろうとしている。

 

(2013年6月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)

 

Embed from Getty Images

 

この勝利は大きいです。この勝利の意味することは、私がまだここにいて、私はまだ私のままで、姉はもはやいなくても私はここにいて、ゴルフをしている、ということです。

“It means a lot. It means I’m still there, I’m still me and even though my sister’s not here, I’m still here and I’m still playing golf.

 

コメントを残す