イタリアオープンは1925年から続く伝統の一戦。2009年大会はトリノで開催された。RT・ジョーンズSR設計のロイヤルパークG&CCには色とりどりのツツジ、シャクナゲが満開。瑞々しい新緑のコースの至るところに花が咲き乱れ、背景には雪を頂くアルプスの峰。イタリアのルーツ、サヴォイア王家の御用猟地だった森の中のコースは、見ているだけでも爽やかだった。
三日目の夕方、雷雲が来てプレイが中断。最終組を回っていたアルゼンチンのダニエル・バンクシックは、16番のティーショットをバンカーに入れてしまったところで、クラブハウスに戻った。午後8時前、すでにほとんどのプレイヤーはさっさとディナーへ出かけてしまっているなかで再開。バンクシックはスコアを崩し、せっかく広げたリードは1打に減った。4時間近く待たされたあげくでは、集中力を維持するのもたいへんだし、悔しかっただろうと思われた。
「いえ、ラッキーだったと思ったんです。再開されてからボギーを2つ叩いてしまいましたが、おかげで気持ちが変わった。きょうは攻めていくことが出来た。」
試合後の会見であらためて問われての返答だが、バンクシックの気持ちの強さが表れている。その言葉通り、迎えた最終日は1番からとるや、前半に3連続を含む5バーディー。後半も3つのバーディーをとって、終わってみれば2位の3人に6打差をつけて勝った。
先立つ4週前、先輩アンヘル・カブレラがマスターズに勝って2つ目のメジャータイトルを獲得した。カブレラはその翌日に出身地コルドバへ戻って、アルゼンチンツアーの小規模な試合、セントラルオープンに出場していた。優勝の翌週は予定をキャンセルして休むプレイヤーも多い中で、カブレラが何を大切にしているかがうかがえる話だが、バンクシックも同じ試合に出て、カブレラの家に泊まり、マスターズの土産話を聞いたという。
「彼がマスターズに勝ったことで、アルゼンチンのプレイヤーは皆、考え方を変えたと思う。メジャーチャンピオンになるには、まだほど遠いと感じていたかもしれないのに、彼が2つも勝った。自分たちは出来るんだと、いまや多くのプレイヤーが考えていると思います。」
「カブレラから学んだのは、自信です。彼は自信に満ちている。練習では、自信を持ち続けるということを教えてくれる。彼のおかげで、コースに出ているときの、ものの考え方がよくなった。」
ツアーへ出ていれば、アルゼンチンのプレイヤーたちには毎年の定宿があって、キャディーたちも同宿する。勝てば皆に夕食をふるまうのが習いだという。メジャー勝者となってからのカブレラも、グレードの高いホテルに変えることなく、一緒に和気あいあいと過ごすらしい。そういう仲間たちの中から、リカルド・ゴンザレスやカブレラが優勝を重ね、アンドレス・ロメロやバンクシックや、さらに若いプレイヤーたちがあとに続く。
(2013年11月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)
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