先週末のゴルフの全英オープンでは、雨具を着ては脱ぎ、突風に翻弄されながらの4日間、集中力を切らさずに勝ち抜くのはたいへんなことだとつくづく思わされたが、そういう試合で、20年越しの挑戦の末に勝ったダレン・クラークの戦いぶりは、淡々としていて地に足の着いているといった感じだった。
北アイルランドの流血の紛争の中で育った42歳のクラークは、優勝から一夜明けた翌日の記者会見で、世界の頂点に立ったことはゴルファー冥利に尽きる、本当にうれしいと喜びながら、ゴルフはただのゲームであるということに変わりがないと言った。生きるか死ぬかという問題ではないし、ベストを尽くしてプレイした後は皆と握手してギネスを一杯やる、子どもたちに教えたいのはそういうことだと、さりげなく語ったのは印象的だった。
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それにしても、何かを成し遂げる時の心境はそれほど特殊なものではないのかもしれない。ゴルフには「ゾーンに入る」と言われるような無我夢中の心理状態もあるが、思い出したのは、先月、ニューヨークの国連ビルで行われた国際マラソンスイミング連盟の式典で、日本人として初めて世界殿堂入りを果した松崎裕子氏(48)のことだ。
マラソン水泳は海や川に25km、40kmといったコースを設定してタイムを競う種目で、日本人唯一のプロである松崎氏はフロリダの湖での82km、29時間55分泳破という世界記録ももっている。
単調な動作の繰り返しを長時間、自然の場で続けるのはまさに荒行。世界各地の水辺をめぐって20年以上もそれを続けているのだから、真理を会得した高僧もかくやと思い、泳いでいる間の心の在りようをたずねた。
「とてもじゃない、穏やかな状態とは言えないですよ。空気は自由に吸えない、制限タイムはある、賞金もかかってくる、サメも泳いでいる…。あ〜肩が痛い、足が痛い、あとどのぐらい泳ぐのかと、雑念がまるでモグラたたきのモグラのように現れ続けますからね」
超越的境地について語ってくれるのではと期待した私は「泳いでいて亀で突き指したことがあって、以来、気が気でないのよ」という話に笑ってしまった。 それだけ気ぜわしくて過酷なのに、なぜ、次のレースに出かけていくのですかと問うと、「だって、負けたら悔しいでしょう」と達人は言った。
(2011年7月21日付毎日新聞夕刊掲載)