スヌーピーを描いたチャールズ・シュルツはゴルファーだった。だから、全世界で愛された新聞連載漫画『ピーナッツ』の中で、チャーリー・ブラウンやスヌーピー、ルーシー、ペパミントパティー、マーシー、あるいはウッドストックが、プレイヤーに、キャディーになる。重力を感じさせない軽やかな絵と構図、そして彼らのセリフが笑いを誘い、ときには残酷でキツイ皮肉も飛び出すが、悪意のなさを納得させるのはこの漫画の品格といえるだろう。ゴルフは明らさまに我々の生活のメタファーとして描かれ、それを見た我々は何やら得した気分になる。シュルツの絵や言葉を通して、ふんわりとした啓示を受けたかのように、自分もゴルフをしていてよかったなと思ったりするのである。
シュルツはミネソタ州ミネアポリスで生まれ、後年はカリフォルニアに住んだ。ゴルフは9歳のときにボビー・ジョーンズの映画を見てプレイしたいと思ったのに、なかなか実現しなかった。ついに15歳のとき、木製シャフトの古いクラブを借り出して友だちと朝5時半にセントポールの市営コースでプレイした。スコアは156だったという。4か月後には79を出した。翌年、高校へ入学してゴルフ部に所属し、他の活動はさておいてゴルフに没頭。キャディーのアルバイトもして、18歳のときにはセントポール市のハイランドパークで行われたキャディー・チャンピオンシップで優勝。全米オープン予選にも2度挑戦した。
「全米オープンで勝ってみたいと思っていたし、マスターズに出場できたらと夢見ていた」
その夢を実現させたのはスヌーピーだったが、シュルツにとって当初、ゴルフはひとつの救いのようなものだったようだ。
「コースに出てしまえば、自分の問題はコースとの取っ組み合いだから」
シュルツの作品数は50年間で1万8000におよび、75か国21言語2600紙に掲載された。世界中で毎日2億人が同じものを目にしていたというのは、人類史上、他に例がない。シュルツはいくつかの病気のために1999年末にペンを置き、2000年に77歳で亡くなった。
「大事なことって何だろうって考える。とにかく自分が一番上手くできることをやることだと思う。だって、ほかに選択肢はないでしょう?自分の能力のなかでベストを尽くすっていうことなんだ」
キャラクターのライセンス等も含め、年収は40億円にもなったというのに、シュルツは終世、文字入れまでの全ての作業を自分でやった。自らをむち打つ仕事の鬼だったわけでもないし、富や名誉のためでもなかった。我々がスヌーピーたちを好きになるのも道理なのである。なぜ、アシスタントを雇わないのかと訊ねられて、シュルツはこう答えた。
「アーノルド・パーマーが、自分の代わりに9番アイアンを打ってくれる人を雇うのと同じことでしょう?」
(月刊ゴルフダイジェスト誌2014年10月号掲載)
