ゴルファーの掟

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ゴルフでは目撃者のいないルール違反を自己申告した者が賞讃されたりする。審判員がいないのだから当然なのだが、まるで誰もがごまかしたい気持ちと戦っているかのようだ。

時々語られる逸話がある。1925年、ボストン郊外のウスターCCでの全米オープン。ボビー・ジョーンズは初日、ウォルター・ヘイゲンと回っていた。午前のラウンドの11番パー4で2打目をグリーン右のラフにそらしたジョーンズは、3打目を打とうとしていたとき、グリーンの向こう側にいた競技役員に「一罰打を加えなくてはならない。球が動いた」と告げた。打とうと身構えたときに球が動くのは一打罰。歩み寄った役員が「私は見なかったが」と問うと、「アドレスしたら動いた。2インチくらいね」と答えた。いぶかしむ役員がヘイゲンにたずねると、ジョーンズの球を見やって「どうやって動いたっていうのか知りたいね」と首を振った。「見た者は誰もいないし、動いたかもしれないと君が思っただけで、球は動いていないのじゃないかと思うが」と役員がただすと、もう次打に思いをめぐらせているようだったジョーンズは「私の球は動いたよ。こいつに取りかからなくてはならない。ありがとう」と言って、そこからうまく寄せて1パットで沈めた。ジョーンズはそのラウンドを76にして出遅れたが、午後に70で回って盛り返した。初日終了後、「あなたのしたことはじつに立派だ」と賞讃する記者にジョーンズはこたえた。

「それは、銀行強盗をしなかったからと私をほめるのと同じではないですか」

翌日も順位を上げ、スコットランド出身のウィリー・マクファーレンとのプレイオフになった。三日目午前の18ホールでは決着がつかず、結局午後のラウンドの最終ホール、通算108ホール目をボギーにしたジョーンズが破れた。多くの人が、あの一罰打がなければ72ホールで優勝していたはずだったと、嘆くかのように振り返った。翌日の新聞には『優勝杯を勝ち取るよりも立派なことが人生にはいくつかある』という見出しで、ジョーンズに近しかった記者が顛末を書いた。

「このゲームをプレイする方法はひとつしかない」

その後、空前絶後の年間グランドスラムを達成したジョーンズの言葉が心を打つのは、ごまかせないのは自分自身だと我々も感じるからだろう。時に不公平で理不尽に感じられるほどの不運や偶然のいたずらを受け入れない限り、ゴルフは始まらない。

(2013年4月25日付毎日新聞夕刊掲載)

 

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