グッド、グッド!

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2月のアリゾナ、WGCマッチプレイ3回戦、7番グリーン上のセルジオ・ガルシアとリッキー・ファウラーはともにパーパットを残していた。ガルシアが2m、ファウラーは5m半という場面。

「ハーフにしたくない?」

「え、なんて言ったの?」

「分けたいだろ。ハーフにしよう」

ガルシアは、俗にいう“グッド、グッド”、お互いにコンシードしようと提案したのだ。その時点でガルシアが2アップで優勢。ファウラーにとっては今季の実績上、この長さのパット成功率は24回に1回で、願ってもない申し出と言えた。促すように微笑むガルシアに、真意を測りかねるというような戸惑い半分の笑顔を返しながら、二人はコインを拾った。マッチは、その後ファウラーが盛り返して、18番のバーディーで勝った。

逆転負けのガルシアに記者たちの質問が飛んだ。ガルシア曰く、先立つ6番で競技委員を呼んだために、バーディーパットを前にしたファウラーをかなり待たせてしまった。球の近くに蜂が群がっていて救済措置を求めたからだった。子どもの頃のひどい経験からガルシアは蜂嫌いで、結果として2度のドロップとなって時間がかかった。そのホールは両者パーで分けたが、ガルシアは申し訳ないと思い、その気持ちを何かの行為に示したかった・・・というのが理由だった。

「ゴルフはそういうゲームだと父親に教えられて育ちました。6番では時間がかかりすぎたので後味が悪かった。自分がファウラーの立場だったら面白くないと思ったでしょうからね。その罪悪感を払拭して気分よくなろうとしたのです」

勝っていればゲームズマンシップと言われたかもしれない。ガルシアは「後悔していない。負けたが気分よくコースを後にすることができる」と言い、何か別の問題提起をしたかったのか「ゴルフは最近、あるべき姿を外れている」とも口にしたが、それ以上を語らなかった。

どんな考察ができるだろう?

スポーツマンシップと呼べる行為で、相手にも好影響をもたらしたと言えるだろうか。

いや、罪悪感を気前のいいコンセッションで払拭しようというのは自己本位ではないか。

なに、これぞマッチプレイの醍醐味。あくまでも当事者の判断が尊重されるべきであり、結果論の批判は無粋だ。

否。コンシードするのは勝手だ。でも相互コンセッションを持ちかけるべきではないし、ファウラーはそれを拒否すべきだった。情けは無用。あらゆる勝機をつかもうと最大限の努力をしてこそ勝負には価値がある・・・。

プレイ中に切れて靴を投げたり、ホールの中につばを吐いて男を下げたことのあるガルシアも34歳。時間の問題と言われたメジャーに、まだ勝てないでいる。去年はタイガー・ウッズとの確執や不注意発言でつらい思いをし、「今年は周囲の人を幸せにしたい」と年明けに言っていた。なりふり構わぬ勝利志向の世界に、少し嫌気がさしているのだろうか。

(月刊ゴルフダイジェスト誌2014年6月号)

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