3年前(2008年)のアメリカで当時のブッシュ大統領が、戦争で人が死んでいるときなのでゴルフを控えてきたと言ってたいへんな反感を買った。一般ゴルファーばかりでなく復員軍人組織からも、「そんな表面的なことを求めている者はいないはずだ」という声があがり、釣りやガーデニングならいいのか、ゴルフはふまじめな活動だと言っているに過ぎないじゃないかと非難された。
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アメリカのゴルフは19世紀末から組織化され、競技として統轄されてきたのは、富裕な地元の名士が名を連ねるカントリークラブだった。一方で、全米各地の市町村が行政サービスとして競うようにコースを造った。市民に戸外での健全で安価な身体活動の機会を提供する必要があったからであり、ゴルフは当初から、一般的なレクリエーションとして普及した。こうしてアメリカは、プライベートなクラブでのコース設計や競技面での発展と、公営コースでの大衆化が同時進行してゴルフ大国となった。
ホワイトハウス史上、もっとも上手なゴルファーだったとされるジョン・F・ケネディー大統領はゴルフをすることを隠した。贅沢な遊びという特権的イメージを嫌ったからである。しかし50年を経た現在、アメリカに2700万人いるゴルファーの5人のうち4人は所属クラブをもたず、その多くは“エブリデイ・ゴルファー”である。和訳すれば「庶民ゴルファー」と言ったところで、働きながら可能な範囲でスポーツを楽しみ、健康維持にも努めようと考えてゴルフを選んだ人たちのことだ。
限られた条件のなかで長く継続できる身近な活動として、いわばまじめにゴルフをしている彼らが、ブッシュ元大統領の“ゴルフ断ち”に憤慨するのもわからないではない。単に、ゴルフをする気持ちになれないと言ったのなら、あるいは、願掛けのために一番好きなものをやめるという趣旨だったなら、賞賛や尊敬を集めたかもしれないが、ある種のエリート意識を感じ取って反発した人も多かったようだ。
ともあれ、エブリデイ・ゴルファーにとってゴルフをすることにはある種の切実感がある。ストイックな競技者は別として、われわれのゴルフには解放と享楽という面が強いが、別の何かを求めているゴルファーもいるだろう。
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バラク・オバマ現大統領は就任以来、2009年に28ラウンド、2010年30ラウンド。多すぎると批判する声もある中、今年も週末に時間があればコースに出ている。去年、メキシコ湾での史上最悪の原油流出事故の収拾のめどが立っていなかった6月の父の日の週末にゴルフをした時、定例会見で噛みついた記者に対して、ビル・バートン報道官はただ次のように答えた。
「自分の国の大統領が、頭の中をすっきりさせるために、少しばかり時間を使ったほうがいいと思わない人がこの国にいるとは、私には思えないが・・・」
(2011年9月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)