歩いて回るならハーフ(9H)の2時間弱で約600キロカロリーを消費できる。でも、乗用カートを使うとバテないのでゲームそのものを楽しめるという人もいるだろう。体力のない人、カラダのどこかに痛みがある人でも、カートに乗ったり特殊なサポーターや装具を使ってゴルフが出来るなら喜ばしいことだ。
今年6月のサンフランシスコ。太平洋を望む高台のオリンピッククラブでの全米オープンに、ケイシー・マーティンが出場していた。右脚にクリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群と呼ばれる先天的な血行障害があり、下腿からの還流が滞って腫れと痛みを引き起こす。彼は18ホールを継続的に歩いてプレイすることができないためカートに乗って回る。
いずれは切断しかないという診断を受けながら、痛みをこらえてゴルフを続けてきた。スタンフォード大学ゴルフ部4年生のとき、新入生で来たタイガー・ウッズのゴルフには圧倒されたという。夢を追ってプロに転向した後、1997年にPGAツアーを相手どってカートの使用を認めるよう訴訟を起こし、1審、2審で勝訴。広く国民的議論が必要と考えたツアー側は、ゴルフの本質を変えることになると主張して上訴した。歩くことは競技ゴルフの必須条件なのかをめぐってゴルフ界は二分。2001年、連邦最高裁はマーティンの訴えを認める判決を下した。アスリートが障害者法にもとづいて権利を認められたパイオニア的ケースとなった。ただ、当のマーティンには障害者を代表して権利を主張する意図はなかった。はなから、ゴルフでの挑戦を続けたい自分のための裁判だった。
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そういう個別性がポイントだと思う。カート使用がスタミナ温存という点で有利だからアンフェアになると言う前に、マーティンだけ右脚に障害があるのはアンフェアではないか。世の中はことほどさようにアンフェアなのだ。ゴルフでは距離の異なるティーや個人別のハンディキャップが設定されるように、フェアかどうかは最初から便宜に過ぎない。
「お前は下手なのにハンデ20のおかげでコンペに勝つなんてけしからん」、「俺のように一生懸命練習しないのはアンフェアだ」と、いつもプレイするゴルフ仲間に対して憤る人がいても理解できる。ゴルフのフェアネスというのは、まさにそこにあるべきじゃないのかとさえ思う。つまり、努力しないのはズルイじゃないかということだし、努力している人と共感しあえることがフェアなのだ。
ともあれ、全米オープンと全英オープンはその名の通り、あらゆるゴルファーに開かれていて欲しい。性別も年齢も障害も問わず、希望者全員が競えるものであって欲しい。いつか、障害を持つゴルファーが優勝できたとしたら、それは人類の技術的、思想的文明の進歩を示す歴史的偉業だ。それを実現できる競技会に勝つことが、健常者にとっても究極の価値となっていくと信じたい。
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(2012年9月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)