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2009年6月28日:BMW国際オープン、ミュンヘン・アイヘンリードGC
BMW International Open 28 Jun, 2009, Golfclub München Eichenried, Munich, Germany
決まったかと思ったところで、ラファ(エチェニケ)がやってくれたんで、まだ全然終わっていない事態となった。でも、トップ・プレイヤーたちが来ていればそれは当然、起こりうることだったと思いますし、それこそ、私の望むところです。
・・・and to have that happen with Rafa when it was all wrapped up and all of a sudden it’s not all wrapped up; then yeah, I think that’s the kind of stuff you would expect from the top players, and that’s where I want to be.
(クソッ、なんてことしてくれるんだ!)
これはあくまでも私の推測による、ドハティーの台詞で、本当はもっと普段着の言葉をキャディーに吐いたのだろう。優勝後の記者会見で何度か問い直されていたが、「あのときは、『よくやったな』と言ったんだ」などと笑って、お茶を濁していた。
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アルゼンチンのラファエル・エチェニケが10ホールで10アンダーという爆発的チャージを見せたのである。9番のパー5は易しいバーディーだが、11番パー5をイーグルにしたあと、バーディーを4つ決めて最終18番のパー5に来て、2打目の243ヤードを3鉄でホールアウトしてしまった。そのアルバトロスが決まったとき、16番のフェアウエイにいたドハティーは、あまりの歓声に驚いたというが、その時はまだ自分の勝ちゲームだと確信していた。
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この最終日を首位のグーセンから3打差で迎えた27歳のニック・ドハティーは、2打差で初の地元優勝を目指す英雄、51歳305日のベルンハルト・ランガーとともに、全米オープン2勝の40歳、レティーフ・グーセンを追い落とすべく、3人一緒の最終組にいた。
ドハティーは好スタート。出だしから3連続バーディーにして早くも追いつき、5番でもとって、いったんはリードする。グーセンも9番をイーグルにして、ドハティーと並ぶ18アンダーで並んで折り返すが、そこからは失速気味。ランガーも思うように伸ばせなかった。
ドハティーは、10番からの6ホールで4つのバーディを決め、16番に来た時は22アンダーの単独トップ、4打差リードとなっていた。
「16番で、2打めをグリーンに乗せたとき、決まったな、もう誰も追いつけないぞと思った。それでグリーンにあがっていって、リーダーズ・ボードを見て、えっ?って感じでした。まだ終わってないじゃないかってね」
(And up 16, once I hit this green, it’s all over, no one can catch me. Then I looked at the board and I saw that, and I was like, wow, there’s still work to do. )
ツアー8年目で、すでに2勝しているドハティーが、4打差リードでのこり2ホールとなれば、優勝を確信するのは自然だ。しかし、余裕で勝てると思った3分後に1打差になってしまっていたら、かなり動揺してもおかしくはない。
しかも、17番はこの日、平均スコアがパーを超えていて、た易くはなかったし、なんといっても18番は、ドハティーが連日ティーショットに苦しんできたホールで、前の日にはボギーにしている。だからこそ4打差が安心感を生んでいたのに、いきなり1打差に縮んでは突き落とされたように感じたかもしれない。
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しかし、ここからがドハティーの力量だった。そして、記者会見の冒頭で本人が「気構えは世界一流だった(My attitude was world-class.)」と自己評価した通り、落ち着いたプレイが際立った。
この週に新調したパターは冴えていた。16番は惜しくもバーディーを逃し、17番パー3も難なくパー。18番パー5ではティーショットを3番ウッドで慎重にフェアウエイに運び、そこからアイアンでフェアウェイ中央にレイアップして3打でグリーンへ乗せ、2回のパットで決めた。
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優勝は2007年10月のダンヒル・リンクス選手権以来、1年8か月ぶり。エチェニケの62も圧巻だったが、ドハティーの64は見事だし、とくにあがり3ホールの3つのパーは立派だった。
2008年4月に母イニスさんを亡くしてから13か月を経て、ツアー3勝目をものにしたドハティーは、ウィニング・パットを沈めた瞬間、空を見上げ、くちびるに当てた指をミュンヘンの青空に掲げた。
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資料:BMW国際オープン記者会見スクリプト、2009年6月28日