スウェーデン王国 Kingdom of Sweden

スウェーデンを思えば、国は人。人口908万の国だからこそ、人材が最大の資源とは大いに納得だ。ツアープロのワールドランキング保有者は57名(2008年第29週7月21日現在)。総人口比では 15万9,365人にひとりという高率で、オーストラリア(16万3,004人、127名)とともに群を抜いている。日本が103万8,667人(123名)、アメリカが 69万4,659人(431名)だから、いかに強いプロを多く輩出しているかがわかる。その象徴たるアニカ・ソレンスタムは女子ゴルフの記録を次々に塗り替え、世界の頂点を極めた。

大陸欧州ではドイツと並んで多くのゴルファーを生み出している国でもある。53万人(2008年1月1日現在)を超えるクラブ所属ゴルファーを誇る。この数字は大陸ヨーロッパではドイツ(55万人)に次ぐ規模である。ドイツの人口が8250万人、ゴルファーの総人口比は0.7%だが、スウェーデンは5.9%にあたる。462コース、493クラブ。連盟登録のクラブに所属しないゴルファーを含めると総数は80万人とも120万人ともいわれる。全体の3割にあたる17万人が女性であり、女性ゴルファーの割合が高いのも特徴的である。

かつては「お金持ちのスポーツ」というイメージがあったというゴルフは、いまやスウェーデンの「ファミリー・スポーツ」となった。文字通り、家族全員が一緒にプレイするのがごく一般的である。アウトドア志向、スポーツ志向はスカンジナビアの人々の共通点だが、その両方を同時に満たすゴルフは、いまやサッカーについで2番めに人気の高いスポーツとなっている。

公営コースは2008年時点で存在しない。クラブのコースはほとんどの場合、メンバー以外のプレイヤーも回ることができる。住まいの近くでプレイしたいという志向を反映して、新たなコースが続々とできつつある。それほど多くはないが、地域のコミュニティーから土地を譲り受けたり、安く借り受けるという形で援助を受けている。近年ではパブリック・コース(pay-and-play)が増えて来ており、初心者入門の舞台となっている。また、近年のもうひとつの変化は日本と同じような会員権、もしくは株式所有方式をとるコースが増えていることで、その売買市場が生まれている。一般に大都市圏では週末のグリーン・フィーは500クローネ(約8600円)、平日は400クローネ(約6900円)で、入会するとなると2万クローネ(約35万円)の入会金と6万9000円の年会費がかかる。20歳以下なら半額というコースが多い。ゴルフ連盟の説明では、プレイフィーが諸外国と比較して安い理由は、18ホールをもつクラブのメンバー数が1200人と多いから、ということだが、このあたりにも彼我の差がありそうだ。

「スウェーデン人たちは万事、徹底したやり方を好む。このゲームをする時にも、税金を支払うときと同じシリアスな決意をもって取り組んで来た」とは、D・スティールとP・ライドによるゴルフ百科事典(1975)の記述である。1970年代に競技ゴルフの基盤が整備され、1980年代にはゴルファーの底辺拡大と質的向上の仕組みがつくられた。国内のすべての競技会がプロとアマのステータスにかかわらず誰にでも出場できるというオープン・ゴルフ制度(ÖPPEN GOLF)、そして、初心者がコースに出る前には、筆記と実技の試験にパスしなければならないというグリーン・カード制度(Grönt Kort)は、今日のゴルフ強国スウェーデンのゆえんであろう。アマチュア・ゴルフを統轄するスウェーデン・ゴルフ連盟とプロのスウェーデンPGAとが協調的に活動していることも特記すべき点であろう。先取の気概に満ちたゴルフ連盟は環境保全にも意欲的で、ゴルフと無関係の活動にも取り組んでいる。

スウェーデンのゴルフ界最大のイベントは、8月に開催されるスカンジナビア・マスターズ(SASマスターズ)である。

 

【スウェーデン・ゴルフ事情】——–欧州ゴルフ協会による。2008年1月1日現在———–

コース数: 462                   総人口比:

ゴルファー人口:53万2,944人(男:31万4,718、女:14万5,278、ジュニア:7万2,948人) 総人口比:

最古のコース・ストックホルムスGC(1904)、 Falsterbo GC(1909)

統括組織:スウェーデン・ゴルフ連盟(Swedish Golf Federation;SGF、1904)

ナショナル・チャンピオンシップ:スウェディッシュ・オープン・アマチュア選手権 (1909年、スカンジナビア・オープン・アマチュア選手権に1956年に発展統合)

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<スウェーデン基礎データ> 1995年に欧州連合(EU)に加盟

面積:約45万平方キロメートル(日本の約1.2倍)

人口:約918万人 (2007年12月)

GDP:$ 383,799,033,856

元首:カール16世グスタフ国王(1973年9月即位)

首都:ストックホルム(約80万人)(2007年12月):南部、メーラレン湖、バルト海、20あまりの島からなる最大の都市。北欧のベネツィアとも。2万4000の島。

北緯59度21分。でも比較的温暖。メキシコ湾流と北大西洋からのやや温暖な偏西風。7月13~21℃、8月12~21℃、2月は-5~-1℃。7月8月に雨。日の出5時2分、日の入りは午後8時41分

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【スウェーデン・ゴルフ史】

スウェーデンではまずコースができた。1888年、Robert SagerとEdverd Sagerの兄弟が、マッチ棒製造で有名だった南部のヨンショーピング(Jönköping)近郊のRyforsにある自邸内に自分たちのための6ホールを造ったという。その後、さらに3ホールが追加されたが、クラブ組織はできなかった。その時点では、スウェーデン国内にゴルフへの興味が広がることはなかったようである。同じ頃、南西部の港湾都市ヨーテボリ(Gothenburg)の英国国教会系教会の聖職者だったA.V. Despard師が、近くのイェータ(Göta)川の河口北側の サンドヴィーケン (Sandviken)の野原でプレイし始めた。師の作ったヨーテボリ(Gothenburg) GCは1891年から1894年まで存在していた。クラブでは英語が第一に使われ、メンバーにはEdward CarnegieとJames Carnegieの兄弟、Robert Dickson、Osborne Dickson兄弟、John Millar、Arthur Seaton、James Keillerといった名が並んでいた。 James Carnegie はスコットランドの伯爵か。 Robert Dicksonは政治家でヨンショーピング、ストックホルムの市長を務めた人物のようである。

Despard師は正式なコースを設定する時間的余裕がなかったようである。1894年に、ビジネスマンのViktor H. Setterbergがゴルフを始めようとするが、一から作り始めなければならなかった。彼らは当初アーレンダール(Arendal)で、後にサンドヴィーケンで活動していた。1904年、より恒久的なコースがHovås地区に設定される。この時点が、スウェーデン・ゴルフの出発点といえるだろう。場所は貿易の拠点だった国際都市ヨーテボリの南側で、 Despard師が最初に「発見した」土地であった。

ストックホルムス(Stockholms) GCが1904年に設立、南西部の夏の保養地Falsterboに、Falsterbo GCが1909年に設立される。1945年までに22クラブができ、当時のメンバー総数は3000名だった。ただ、18ホールの完全なコースができたのは1929年、ストックホルムの東にある リーディンゲー(Lidingö)島であった。クラブでは当初からイギリスのプロたちが職を得ていた。ストックホルムスGCでは設立当初からホイレイク出身、1983年生まれのEdward Robertsが70年代まで現役だったし、1935年の全英オープン覇者Alfred Perryは1928年に Falsterbo GCのアシスタント・プロだったことがある。

1909年に、早くもスウェディッシュ・オープン・アマチュア選手権が始まり、1910年にはレディース・オープン選手権が始まっている。その後、1956年に、それぞれスカンジナビアン・オープン・アマチュア選手権、スカンジナビアン・レディース・オープン・アマチュア選手権に発展的に統合されて現在に至っている。

ヨーテボリに初のクラブができてから50年後の1954年には、いまだゴルファー人口が7000人、クラブ数は38。1クラブのメンバーは平均187名で、ゴルフは少数派のゲームだった。本格的にクラブが増え始めたのは1960年代以降で、70年代半ばまでに120コースが造られ、ゴルファー人口は4万人となっていた。アイスホッケーに次いで、ゴルフは国民の中心的な娯楽となっていった。国内最北のコースはボーデン(Boden)にあるビヨルクリーデン(Björkliden)GC 。1936年に創設され、コースは戦後になって完成した。北緯 65度50分のこの町のクラブで夏に行われる 「白夜(Midnight Sun)トーナメント」は、毎年恒例のイベントである。

スウェーデンのクラブは独自に国際的なクラブ対抗試合を行っていたようだ。Falsterbo GCは1910年に最初の9ホールをデンマークの Copenhagen GC(1898年設立) のクラブ・プロだったRobert Turnbullに設計してもらったこともあって、設立後すぐに同クラブとの対抗戦が始まった。 Falsterbo GC は Falsterbo 半島の南端に位置し、海峡を挟んでデンマークのコペンハーゲン空港から30分の距離にある。

バルト海を挟んで南のドイツのクラブとの対抗戦も1914年には行われており、第2次大戦までは恒例となっていたという。また、オランダとの対抗戦もあり、1942年からはデンマーク代表との国際対抗戦も始まった。戦後はスカンジナビアの4カ国対抗戦が定例となり、これがスカンジナビアン・アマチュア・ティーム選手権に発展した。スウェーデンはつねに優勢だった。

1959年には欧州ティーム選手権で優勝し、イングランドが初参加した1961年にも勝って実力を印象づけた。スコットランドとスカンジナビアの対抗戦も組まれていた時期もあり、主要なイベントの一つだったという。個人ではClaes Jöhnckeがイギリス(British Isles)と大陸欧州間の対抗戦で活躍した。

国際的に名を知られた最初のスウェーデン出身プレイヤーは Liv Wollin(1946年4月17日生まれ)である。スウェーデン国内でのレディース選手権に10度優勝し、世界アマチュアに10年連続で出場した。1963年から1972年までの間に、スカンジナビア・オープン・アマチュア選手権で7勝、また、ポルトガル(1967)やモロッコ(1972)での試合に勝っており、現在のワールド・クラス・プレイヤーたちのパイオニアといえる。その後、Kärstin Ehrnlund、Marie Wennersten-From、Anna Oxenstierna、Sofia Grönberg-Whitmore、Åsa Gottomoがレディース欧州ツアーでチャンピオンとなり、一方でアメリカのLPGAツアーではリサロッテ・ノイマンが米LPGAツアーでルーキーだった1988年に全米女子オープンで優勝して注目され、アニカ・ソレンスタムが1995年、96年の全米女子オープンを連覇するのを手始めに、あらゆる記録を塗り替えながら活躍してきた。69勝をあげたAnnika Sörenstamを筆頭に、Liselotte Neumann、Helen Alfredsson、Sophie Gustagson、Maria Hjoth、Carin Koch、Catrin Nilsmark、Charlotta Sörenstam、Louise Friberg が名を連ね、アメリカ人以外では最も優勝者の多い国となっている。

男子スウェディッシュ・ゴルファーの強さは90年代に入ってきらめき出した。1990年にニュージーランド、 クライストチャーチで開催された世界アマチュアで優勝。そのときのメンバーである、G・ヤートステット、M・グロンバーグ、P・ナイマン、K・エリクソンは欧米ツアーでいまも活躍中である。1991年には欧ツアーの国別対抗戦アルフレッド・ダンヒルカップで優勝(A・フォースブランド、P-U・ヨハンソン、M・ラナー;2位は南アだった。さらに同年、イタリアで開催されたワールドカップでも優勝( フォースブランド、ヨハンソン)を果たしている。1994年、および1997年の全英オープンで惜敗したイエスパー・パーネビックは、その個性的な存在感で人気を博しつつ、欧ツアーで4勝、米ツアーに進出して5勝をあげている。

(表:世界で活躍するスウェディッシュ・プレイヤー) PLAYERS

欧州ツアー、米PGAツアーでの優勝者リストには続々と新たな名前が加わっており、 Jesper PARNEVIKをはじめ、Mats LANNER、Anders FORSBRAND、Joakim HAEGGMAN、Ove SELLBERG、Gabriel HJERTSTEDT、Jarmo SANDELIN、Robert KARLSSON、Patrik SJÖLAND、Pierre FULKE、Mathias GRÖNBERG、Per-Ulrik JOHANSSON、Michael JONZON、Carl PETTERSSON、Richard S JOHNSON、Adam MEDNICK、Christopher HANELL、Henrik STENSON、Peter Hedblom、Niclas FASTH、Peter HANSON、Fredrik JACOBSON、Joakim BÄCKSTRÖM、 Mikael Lundberg、 Johan Edfors、 Daniel CHOPRAがいる。

*スウェーデン・ゴルフの父:スベン・トゥンバ

3度の世界選手権優勝、オリンピックでもメダルをもたらしたアイスホッケー界の英雄、 Sven “Tumba” Johansson (スベン・トゥンバ)は「スウェーデン・ゴルフの父」とも呼ばれている。50年代、60年代に活躍したホッケーを引退後はゴルフに傾倒し、1970年のスカンジナビアン国際マッチプレイ( Scandinavian International Match Play )で優勝、1970年には世界アマチュア、1973年にはワールドカップのスウェーデン代表選手となっている。バレステロス、パーマー、トレビノを招聘してスウェーデンのゴルフ振興に努め、 Scandinavian Masters や European Open の創設メンバーとなり、大会会長も務めた。コースの設計も手がけた。現在ゴルフでは国内No.1プロモーターとなっている。サッカー、バンディーのナショナルチームメンバーでもあった。また、1980年代終盤にソ連に赴いてゴルフを紹介し、ロシア初のコースであるモスクワ・シティーGCの設立に尽力、初のゴルフ・スクールも設立した。

*ジュニア育成「スウェーデン方式」

20歳以下なら割引料金でプレイできることに加えて、競技への道も用意されている。1976年に始まったコルゲート・カップ(Colgate Cup)と、2006年からのスカンジア・ジュニア・ゴルフ(Skandia Junior Golf)は、16歳までのジュニアのための全国規模のトーナメントである。それらの試合で初めての競技ゴルフ経験を果たすジュニア・ゴルファーは毎年、1万人を超える。まずはクラブ・レベルでの親しみ易い設定から始まり、8月に全国からの上位者を集めた最終戦が開催され、各エイジ・グループのナショナル・チャンピオンを決めることになる。

17歳から21歳までのプレイヤーには地域レベルと全国レベルでの一連の試合が用意されたスカンジア・ツアー(Skandia Tour)がある。全国レベルでは7試合が組まれており、うち2試合はマッチプレイである。そのほかにもジュニア対象の多くのトーナメントがある。各クラブは様々な形式のジュニア向けプログラム(サマー・キャンプ)を設定しており、ゴルフの基礎的な指導が受けられるばかりでなく、他のスポーツ種目や楽しい催しが提供される。

 

* ÖPPEN GOLF

競技スポーツとしてのあり方にも特徴がある。 ÖPPEN GOLF(Open Golf)はプロ、アマのステータスにかかわらず競い合うという意味の、オープンな競技会のあり方で、ゴルフ史上初めてスウェーデンで導入され、すでに25年を経ている制度である。

ÖPPEN GOLFは1983年にゴルフ連盟とスウェーデンPGAが協調して実現された。目的は、国際的なトーナメントでの競技力の向上である。それまでは諸外国と同様に、アマチュアはアマチュアだけの、プロはプロだけの試合でそれぞれが競技をしていたが、人口の少ないスウェーデンでは効率が悪いという認識があった。1984年の夏からすべての国内競技会では、ハンディーキャップ制限をクリアすれば誰もが出場できるようになった。アマチュアが賞金を得ることができないのは言うまでもないが、金銭的報酬には換え難い切磋琢磨が可能になっており、いま、スウェーデンのゴルフが世界のトップを極めているのは、まさにこの制度の賜物であり、これほど簡単な方式をほかの国が採用しないのは不思議だと、スウェーデン・ゴルフ連盟は考えているようだ。近年ではニュージーランドや中国など、ようやくいくつかの国でもこのオープン・ゴルフ制度を導入する国が出始めている。

 

 

図)スウェーデン:クラブ所属ゴルファーの推移

*   1950                        5 500
*     1960                         12 600
*     1970                         40 222
*     1980                         88 355
*     1990                         289 933
*     2000                         512 749
*     2004                      604 466
*     2005                         598 000
*     2006                         595 000
*     2007                         585 000

 

 

 

*Grönt Kort(グレント・コート) / 36+(サーティーシックス・プラス)制度

スウェーデンでは、筆記と実技の試験に合格してからでなければ、18ホールの正規のコースでプレイすることができない。

Grönt Kort(Green Card;グリーン・カード)制度は、スウェーデン・ゴルフ連盟による初心者のための教育プログラムである。1980年代に入ってゴルファーの増加が顕著となり、初心者指導の重要性が認識されるなかで1983年に導入され、1995年と2004年に改訂されて現在に至っている。グリーンカー・カードは、いわばハンディーキャップが36以上であることを意味する。導入当初は文字通り、証明書としてのカードが発行されていたが、現在では連盟発行の登録証のハンディーキャップ欄に「 Grönt Kort 」と記載されるようになり、特別なカードはなくなっている。制度自体も「36+(サーティーシックス・プラス)」と呼ばれるようになっている。

グリーン・カードはホーム・クラブでのプレイ許可証であり、USGAのコース・レイティング・システムにおけるレッド・ティー(Red Tee)からのプレイが可能であることを証明するものである。 連盟は「グリーン・カード:ハンディーキャップ36への道」、「ゴルフ・エチケット」と題するテキストを編集し、初心者に対して基礎的なルールとエチケットを学ばせたうえで、レッド・ティーからのプレイによるハンディーキャップ36を当面の目標とした技能の習得を目的に掲げている。

2004年に改訂された制度では、初心者の技能レベルによって3つの異なる距離が適用され、ダブルボギー以内でホールアウトすることが目標とされる。とくにショートゲームの重要性が強調されている。基準は次の通りである。

1)150mから5打以内であがること(発足当初からのグリーン・カード取得基準)

2)150mからレッド・ティーまでの間に設定したティーから、そのホールのパーに対してダブルボギー以内であがること

3)そのホールのレッド・ティーからダブルボギー以内であがること。一度でも達成できれば、そのコースのコース・レイティングを利用して公式ハンディーキャップを取得できることになる。

クラブは所属プロの指導によって、誰もが少なくとも2年以内にハンディーキャップ36を取得することを目指すことになる。過去10年間、年間2万人から3万人がゴルフを始めており、そのうちの少なくとも80%がグリーン・カードの基準をクリアするという。

2004年以降、プレイヤーは上達の様子を把握できるように、スコアを記録していくことが求められている。 ゴルフクラブはそのプレイヤーの上達の度合いをみて、異なるティーからのプレイを促すことになる。

希望者は最寄りのゴルフクラブに申し出て試験の日時を決め、そのクラブで試験が実施される。試験の概要は以下の通りである。

 

筆記試験

連盟の編集したエチケットについての小冊子には、ゴルフの歴史と伝統についての概説に加え、ホームクラブについて学ぶべきことが協調されている。用具についてのアドバイスや、安全確保、施設、コース、さらに環境への配慮についても示されている。

表)エチケットに関する設問例
1 ティーマーカーは何色か?
2 次のマーカー(杭)は何色か?
ウォーター・ハザード
アウト・オブ・バウンズ
修理地
ラテラル・ウォーター・ハザード
3 「フォア!」と叫ぶ声が聞こえた時、何をしなければならないか?
4 競技を中止してコースを離れることが許されるのはいかなる理由によるか?
5 プレイの遅延を防ぐためにはどんな方法があるか、4つあげよ。
6 後続組を先に行かせるべきなのは、どんなときか3つあげよ。
7 バンカーからのショットの後には何をすべきか?
8 ディヴォットをリプレイスすべきなのはなぜか?
9 同伴競技者が打つ時、どこにいるべきか?
10 グリーン上でピッチ・マークを修復すべきなのはなぜか?
11 コース上では、コース管理者と作業者を優先的に行かせるべきなのはなぜか? また、前のプレイヤーがいなくなったことを示すシグナルを遵守しなければならないのはなぜか?

 

ルールに関しては、よく使われる用語の定義と10から12の原則的なルールの把握、規則書の利用法習得、プレイの形式についての知識、スコアカードの付け方とハンディーキャップ・システムについての知識が求められる。筆記試験に際してはエチケットについての小冊子と規則書の抜粋による冊子をもち込んで構わないことになっている。

導入当初は合格者に所定のカードを発行していたが、その後、テキスト(C5規格の小冊子)へのスタンプに変えられ、現在ではテストを担当したクラブ・プロの署名が合格の証しとなっている。スコアの記録をつけるページも用意され、初心者はつねにこの冊子をキャディーバッグに入れておき、ゴルファーとしての自身のレベルを証明することになる。

表)ルールに関する設問例
1 グリーン上で、パットした球が偶発的に他者の球、あるいは旗竿に当たってしまった場合、いくつの罰打となるか?
2 誤球をしてしまった場合の罰打はいくつか?
3 アンプレイアブルを宣言できるのはいかなるときか?
4  ラテラル・ウォーター・ハザードに打ち込んでしまった場合の処置の選択肢を4つあげよ?
5 ティーショットをアウト・オブ・バウンズに打ち出してしまったら、どうすべきか。また、次のショットは何打目となるか?
6 ストローク・プレイで、ティーショットが林の中へ飛び込んだ。球を探している間に、後続組を先に行かせた。 探し始めて6分後に球を見つけることができたが、どういう扱いになるか?
7 第2の球をプレイできるのはどういう場合か?
8 競技終了後、スコアカードにプレイヤー自身が署名をせずに提出して立ち去った場合、どうなるか?
9 フェアウエイにある球のすぐ後にタンポポがあった。アドレス時にクラブヘッドで意図的に地面に押し付けるようにしたが、許されるか?
10 競技を中断することが許されるのはどんな状況にある場合か?

 

 

実技試験

実技はプロの指導によって行われる。 パッティング、チッピング、ピッチング、バンカーからのプレイ、 距離の打ち分けと正確性が評価される。ハンディーキャップを減らすために有効なショートゲームの技能に重点が置かれている。

表)実技試験の内容例と合格基準
A.  ピッチング
グリーンから22ヤード離れた位置で障害物を越えてグリーンに乗せるピッチ:10回のうち5回
B.  チッピング
グリーンから3ヤードの位置でホールから半径2ヤード以内に入れるチップ:10回のうち5回
C.   パッティング
半ヤード(50cm弱)からのパットをホールに入れる:8回のうち4回
6ヤード(約5m)から2パット以内でホールに入れる:8回のうち4回
11ヤード以上(10m以上)から少なくとも3パット以内でホールに入れる:4回のうち2回
D. バンカーショット
グリーン脇のバンカーからグリーンに乗せる:4回のうち2回
フェアウエイ・バンカーから脱出する:4回のうち2回
E. 距離の打ち分けと正確さ
アイアンとウッドを合わせて3本の異なるクラブで、110ヤードを打って幅40ヤードの区域に入れる。クラブは7番、8番、9番アイアンから1本、4番、5番、6番アイアンから1本、3番ウッドあるいはその他のウッドから1本を選んで行う。女性と13歳以下のジュニアの場合は60ヤードの距離を打って幅30ヤードの区域に入れる形式で行う:5回のうち2回

 

 

キャディー体験

公式ハンディーキャップを有するプレイヤーのキャディーとして、少なくとも2ラウンドの経験をすることが求められる。これは、教育的効果を期した必修項目である。すべてのテストを合格した者は、ハンディーキャップ36以下のプレイヤーと一緒に、9ホールのプレイを最低3回以上こなすことが求められる。それを通じて、適宜、ドロップ、マーク、バンカープレイに際しての作法、ピッチ・マークの修復、ディヴォットのリプレイスを適切な方法で行えることを示すことが期待される。

 

生涯にわたって楽しめるゲームであるからこそ、ゴルフでは最初にしっかりとした知識と基礎技能を身につけることが重要な意味をもつ。グリーン・カード(36+)制度は、国民にゴルフを導入するための優れた制度である。面白さが味わえなかったり、せっかく始めたのにイヤになってやめてしまう初心者も多いだろうからだ。離脱せずに長く楽しむ幸せなゴルファーになるためには最初が肝心なのである。すでに欧州諸国のモデルとなってきており、ノルウェイ、ドイツ、オランダ、オーストリア、スイスでもスウェーデンに倣った同様の制度が採用されている。

 

 

*スウェーデン・ゴルフ連盟資料

*スウェーデン・ゴルフ連盟の教育トレーニング部長、ヨハン・カネベリJohan Kannerberg氏による

 


 

スカンジナビア・マスターズ

首都ストックホルム、ゴーセンバーグ、マルメをローテーションで開催されているSASマスターズ(スカンジナビア・マスターズ)は、賞金、観客動員数でスウェーデン最大のスポーツ・イベントで毎年8~10万人が観戦する。1995年バーセバークでのイエスパー・パーネビック優勝時には延べ12万2000人がつめかけ、全英オープンに次ぐ観客動員となった。近年は人気に翳りが見え始めたことから、2007年にイェスパー・パーネビック(95年、98年優勝)が大会ホストとして参加し、米プレイヤー招致も目論んでいる。

スウェーデンでの主要なプロ・トーナメントとしては、1973年から1990年まで開催されていたScandinavian Enterprise Openがあり、ノーマン、バレステロス、ウーズナムら、欧州での時代を代表するプレイヤーが勝ってきた。1991年にスウェーデン・ゴルフ連盟の主催となり名称がスカンジナビア・マスターズに変更され、同時に欧ツアーに組み入れられた。ノルウェイ、フィンランド、デンマーク、スウェーデンの国内指定大会優勝者、および予選からアマチュア6名を含む合計156名が出場する。

<予選>2006年は7月に2段階予選。一次42人ずつ2箇所上位6人。二次連盟ランク上位41人とともに53人から6人。

 

<そのほかのコース>*Courses

南北約2000kmにおよぶ 国土の7分の1が北極圏で、 冬の2ヶ月間は日が昇らない。ゴルフが可能なのは夏の3ヶ月で、7月、8月は白夜となるので、国内最北のビヨルクリーデン(Björkliden)GCのような北極圏のコースでは24時間ゴルフが可能だ。北部は人口も少ないのでコースは多くないが、Idrejällen GC、Funäsdalsfjällen GC、Östersund-Frösö GCなど、雪を抱く山々を背景にした美しい景観のコースが散在している。 ヨーテボリやストックホルムでは5月から11月までの7か月間、プレイ可能である。白樺や針葉樹林の中を縫うようにつくられた林間コース、パークランド・コースがスウェーデンには多い。ウォーター・ハザードも一般的である。 最南部のスコーネ(Skåne)では一年を通してプレイが可能である。南部、および西部には純然たるリンクスもある。スコーネ近郊のFalsterbo GC(1909年設立)や、9ホールながら素朴な美しさをたたえる ヘルシンボリ (Helsingborg) GCなどが典型である。

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