ゴルフ史上最大最良にして、アメリカ製用語の最高傑作。予定調和とはこういうことを言うのか、そう呼ぶことは至極当然のような、それを指して使われるようになる前から元々そうであったような、そういう言葉があるものだ。パーより一つ少ない打数で上がることを指して「バーディー」。もしこの呼び方が生まれなかったら、我々のゴルフはまったく味気ない代物になっていたに違いない。
1899年、もしくは1903年の冬の、風の強い土曜日。ニュージャージー州アトランティックシティーCCの12番ホール、パー4でのことだった。プレイしていたのはフィラデルフィアから鉄道に乗ってやって来ていた常連のゴルフ愛好家たち。エイブとビルのスミス兄弟に、後にパインバレーGCを造るジョージ・クランプの3人。そこにコース設計家アルバート・ウォーレン・ティリングハスト*と、さらに何人かが一緒だったかもしれない。ティリングハストが1933年4月号のゴルフ・イラストレイテッド誌に書いている記事によれば、当時のフィラデルフィアではホールごとの勝ち負けにボール一つを賞品としてかけるゲームのやり方が流行っていて、四人一組にこだわらず大勢で一緒に回ることも珍しくなく「フィラデルフィア・ボールサム」などと呼ばれていたらしいからだ。
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そのホールは長くて通常は3打で乗せるホールだったが、その日は海からの追い風。クランプか、あるいはスミス兄弟のどちらかが2打目でグリーンを捉えてべたピンについた。感嘆した誰かが「ザッツ・ア・バード!」と言った。19世紀のアメリカで「バード(bird)」と言えば、素晴らしいもの、すごい人物を指して感嘆を込めて使う言葉だったから、この表現も特別ではなかったのだろうが、一堂は頷き合い、「パーよりも一打少ないスコアの賞品は2倍にしよう」ということになったらしい。そして次にそれが来るや「バーディー」と呼んだという。
エイブ・スミスの証言を引いているH・B・マーティン著『アメリカンゴルフ50年史(1936年)』によれば、それは1899年のことで、快打の主も、思わず「バード!」と言ったのもエイブ自身だったという。いずれにせよ、このとき図らずも命名されたおかげで、後には「イーグル」も同クラブで生まれた。
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我々ダファーにバーディーはまれでも、手が届かないわけではない親しみのあるもの。これが何かの間違いで、たとえば「フィッシュ」になっていたら、なんだかスカッとしないし、どことなくうさんくさい。やはり、自在に空を行く鳥の名がふさわしい。壁を突き抜けた解放感のあるスコアなのだ。その語感とイメージのはまり具合こそ、我々の魅せられてやまないこのゲームの秘密の一部だ。
「鳥は歌声で,人は言葉で評価される」と諺にいう。我が同胞ゴルファー諸氏よ、夢と希望に満ちたゴルフの言葉を話し、コースに出て高らかに歌いたまえ。
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(月刊ゴルフダイジェスト誌2015年1月号掲載)
*:バルタスロール、ウイングドフットなど名コースを設計した彼は2015年に世界ゴルフ殿堂入り。コース設計だけでなく各地のコースやプレイヤーの写真を撮り、文章を書いた。ゴルフ用語としてのバーディーを生み出したのはティリングハストではないようだが、彼のおかげでこの言葉が広くゴルファーに使われるようになったのだろう。
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