第一次大戦で片目を失いながら全英オープン、全米オープン、全米プロに勝っているスコットランド出身のトミー・アーマー(1894-1968)は、晩年に著した『TOMMY ARMOUR’S ABC’s OF GOLF(1967年)』で、自ら命名したイップス(yips)について書いている。「脳のけいれん」「身の毛のよだつようなおぞましさ」「瞬間的に失神してボールは見えなくなり、パターを動かす方法など見当もつかなくなるどころか、持っていることすらおぼつかないこともある…」と、感情と生理の波立つのが伝わってくるような言葉が続く。
失敗への怖れや単なる不安、緊張との戦いではない。それらはナーヴ(nerve)と呼ばれ誰もが味わうノーマルな体験。問題は百戦錬磨のプロが30cmのパットすら決められず、ようやく打つや3mも行ってしまうというアブノーマルな運動障害だ。「練習ラウンドで出ることはない。イップスは本番病。致命的で克服は困難」と断言したアーマー自身、ために40歳で主要競技から身を引いた。
球聖ボビー・ジョーンズ(1902-1971)すらイップスになったという。「パッティングの際にパターのブレードを見ないようにして克服したと本人は言っていたが、その後も90cmを打てないでいる姿を何度も目撃し、見ているのがつらかった」とアーマーは記した。
ベン・ホーガン(1912-1997)は、50歳代になってもショットは誰よりも優れていながら、短いパットを決められなくなった。「勝負の中での精神力、不屈の忍耐力、度胸と気力においては、ゴルフ史上最高の闘士というべきホーガンでさえ、このミステリアスで予測のつかない制御不能状態、イップスに苛まれてしまったのだ」とアーマーは嘆き「私の勘では、長年、神経をすり減らす競技を続けた結果としてパッティングに現れる累積された“狂気”が、イップスの正体だと思う。決定的場面でのパットの緊張を何度も経験した者が、その積み重ねによって最後に破壊される」と書いた。
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アーマーが命名する以前には、全英オープン6勝、全米オープンにも勝っているイギリスのハリー・ヴァードン(1870-1937)が“ジャンプ(jamp)”と呼んでいた。『How to Play Golf(1912年)』の中で、「3mくらいのパットなら何ともないのに、1mとなると右手が跳ねやしないかと警戒しなければならなくなる。アドレスして2秒も球を見つめていると、もう右手は固められたように動かない。1番ホールで “ジャンプ”に襲われなかったら、その日は大丈夫だとわかる」と書いている。ヴァードンは暗闇でパッティングして自信をつける練習が有効だと書いているが、ほどなく降参して競技生活を終えた。
身体に支点を作る打法が来年いっぱいで禁止される。イップス封じ込めのために重くて長いパターをアンカリングして使っていたプレイヤーは、その先どうなるのだろうと思うと心配で眠れない。
(2014年4月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)
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