自然を借りるゲーム

今年5月初めに訪ねたセント・アンドルーズには春が満ちていた。ハリエニシダが輝くような黄色い花を咲かせ、海風は吹いてもどこか優しげで、みずみずしいフェスキュー芝の細い葉先が柔らかくそよいでいる。

オールド・コースの設計者を文献に求めると「母なる自然(マザー・ネイチャー)」となっている。白い小さな球を先の曲がった杖で打つ遊びが、記録に残るだけで650年も前から行われてきた場所だ。いまではゴルフの原点のように言われているこのコースは自然の造作なのだった。

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海沿いの、風と波の作用で出来上がった緩やかな起伏をもつ硬くしまった砂の上に、自生のベント芝がこびりついたように根を張っていて、球はよく転がる。

至る所に大小さまざまな窪みやら溝があり、球がどこにはねてしまうのか予測しがたい。加えて、絶え間なく吹き付ける風。

しかし、運にまかせるばかりでなく、そうしたリンクスの要素を利用して、いわば自然と一体になってプレイしようというスポーツこそゴルフの始まりだった。

その証しともいうべき用語のひとつに、ボロウ(borrow)がある。

一般英語では「借用する」という意味だが、ゴルフでは傾斜を考慮して高い方に打つという動詞、ホールまでの直線に対して、実際に打ち出す方向を定める上で想定される「曲がり幅」を意味する名詞として使われる。

「戻すことを意図しつつ、ある物をとる」という意味合いで、かつてスコットランドの人々はゴルフをしているときにもこの語を使った。傾斜の高い方に打てば低い方に戻って来るのが物理なら、高さという位置エネルギーを借りる、と表現したのだろう。この用法がゴルフの専門的語義として残ったわけである。

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現在では、横風の影響を受けるショットの際、打ち出しの方向をその分だけずらすことにも使われる。ゴルフと同じ歴史をもつカーリングでも以前は使われていた。

右に20cmのボロウをとれ、風は9時だから左10ヤードのボロウを見込んで打とう、このグリーンにはボロウやブレークがいっぱいだ、いまのはオーバーボロウ(曲がり幅の見込み過ぎ)だったね、といった表現ができる。

かなりの傾斜だから30cmくらいは借りといた方がいいよ、という直裁な和訳も面白いなと思いながらパットの打順を待っていると、ヒタキが頭上で舞い留まりながらしきりにさえずっていた。

(2007年11月29日付毎日新聞夕刊掲載)

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