そう、お気づきのようにゴルフクラブは人間の身体なのである。それも、不条理と混喩の鮮やかな標本である、とはゴルフ作家の草分け、ホレス・ハッチンスン(1890年)の言。なにしろ頭(ヘッド)が最も下部にあるのだ。
さらにそこには摩訶不思議、足の裏(ソール)に踵(ヒール)につま先(トウ)がある。かと思えば、首(ネック)と顔(フェイス)はあって、顔には顎や歯があるが鼻(ノーズ)は外れた位置にあり、なんとそれはつま先の別称なのだから、ペン・フィールドの“ホムンクルス”もびっくり。さあ、みんなでジョン・メイヤーのユア・ボディー・イズ・ア・ワンダーランドを歌おう。
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それにしても、ゴルフでは道具もコースもつねにイノセントだ。打ち損じはすべてプレイヤーの問題として、何かを思い出させるためであるかのように身体化する。しかし、われわれが人格を破壊されないですんでいるのは、そのおかげかも知れない。
シャンク(向こう脛)からトウまで、クラブ各部位の名称はそのまま失敗の呼び名になり、われわれはカラダの各部位をさすりながら痛みに耐えることになる。
クラブの歯で球の中央を打つことはベリー(お腹)、上部を叩くことをスカル(頭蓋骨)。一撃必殺であるだけに、かえってコミカルな余韻がにじむ。
球の手前の芝ごと打てば、チャンク(ずんぐり)、チャビー(太っちょ)、ヘヴィー(大物)。自己嫌悪を避けるためにも、多少とも可愛らしく呼んで欲しい。
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「う〜む、リークしましたね」
これは、真っすぐにきれいな弾道で飛び出していった球が、やがてわずかに右に流れてしまったときの表現だ。
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英語は使いようで、さも専門用語であるかのような口調で言える言葉に、笑いをしのばせることができる。リークとは「お漏らし」という意味なのだ。単に液体や情報が漏れるという語義を仮面に使えるから、ますます抑えの利いた気付け薬になる。
出てはいけないときに、出てはいけないものが出てしまうのがゴルフだ。そのたびに、われわれは正気を取り戻さなくてはならない。失敗を客観視せずに受け容れ、細かく分析して固有で身近な名前を付けて呼ぶことで、慰めたり、戒めにしたり、笑い倒して乗り越えなくてはならないのである。
(2008年5月1日付毎日新聞夕刊掲載)
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