スペイン本土から東200キロの地中海に浮かぶマヨルカ島のプラGC。5月の気まぐれな風は前日でおさまり、気温も上がった初夏らしい日曜の午後、パー4の12番ホールに来た単独首位のピーター・ハンソン(スウェーデン)は2打めをグリーン奥にこぼした。
球はセミラフとの境目で、すぐ後ろの長めのライ芝に接するように止まっていた。熟考の末にウエッジを選んだハンソンは、ブレードで打ってピン左横1m弱につけた。
1パットでこのホールはパーとなったように思われたが、スーパー・スローモーションでそのクローズアップが再生され、ウエッジの刃が球の赤道よりやや上部にヒットし、球はいったん沈み込みながら前へ出て行こうとするときに再度、追ってくる刃に押される様子が映し出された。
「2度打ち」は1罰打を加えなくてはならない。しかし、ハンソン自身は何の自覚もない様子だった。2年ぶりの勝利へ向け、続くパー3をそつなくこなすが、その間、競技委員がテレビ中継関係者の通知を受けて録画を確認し、14番でティーショットを放って歩き出した彼に事情を説明した。動揺したハンソンはフェアウエイからの2打めをグリーン右奥のOBに打ち込んだ。
実際の速度で再生した映像を何度見ても、感知され得ない瞬間の出来事だった。芝を噛みながら打っているので当人の手応えも定かではないだろう。しかし、いまや 一秒間7千コマの刹那をプレイヤーは突きつけられ、自分の知覚の及ばない精度で現実を受け入れなければならなくなったのだ。
ゴルフの競技は、規則の自律的遵守を前提に、プレイヤーが自らの能力と感覚だけを頼りに球を打つことで成り立つ。しかし、こうなると当事者も観戦者も、メディアによって拡大されたスーパーな現実を意識せざるをえない。
容赦ない高速度撮影のターゲットは、優勝争いをしている一部のプレイヤーだけだ。ハンソンがその後のホールで決然と気を取り直してバーディーを重ね、プレイオフにもち込んだ末に優勝を遂げたことは、あっぱれだった。
(2010年8月12日付毎日新聞夕刊掲載)