アンドルー・レイットの小指の先

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イングランドのアンドルー・レイットは1995年、アシスタントプロだったロンドン近郊のセントジョージズヒルGCで、自分の犬と喧嘩していたゾンバという名のジャーマン・シェパードに、左手小指の先を1cmほど噛み切られた。皮膚でぶら下がっていた指先をトイレットティッシュにくるんで病院に駆け込んだ。

5mmほど短くなり、柔らかい組織と感覚はなくなったが、指先はつながった。練習を再開し、翌年のスコットランドPGA選手権では2位に入る。しかし、感覚異常と広範囲な筋肉の萎縮が始まった。不安になったレイットは600万ポンド(当時約12億円相当)の損害賠償を求める訴訟を起こした。

7年に及んだ裁判は、ゾンバの飼い主に4,900ポンド(約98万円)の支払いを命じる最高裁の判決で結着した。指先があれば稼げているはずというレイットの主張は「まったくの希望的観測」と結論付けられた。結婚して娘も生まれていたレイットは翌年離婚。25万ポンド(約5000万円)の訴訟費用が残った。

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米ネバダ大学留学時にはミケルソン、フューリックのいるフィールドで4勝、ジュニアカレッジNo.1に選ばれた。ライダーカップを夢見て25歳でプロ転向後、5か月での事故だった。それでも、1998年の全英アシスタントプロ選手権に優勝。同年、欧ツアー出場権を得るためのQスクールを突破してツアーカードを初めて手にした。上では芳しい成績を残せなかったが、Qスクール合格と2部ツアーからの昇格を繰り返した。

左手小指はグリップの要。握れないと球は左にすっ飛んでしまうと、レイットは言う。著名なブラジルの外科医ホゼ・ルイ・ピステリ氏のもとで2度、足指の骨や組織を移植する再建手術を受けた。2004年に引退を決意。昔からのコーチとスイング矯正器具を開発し香港と日本で販売。その利益もあって2005年夏、3度目の手術。借金をほぼ返済した翌年の秋、通算10回目のQスクールに挑んで成功。すぐ出場した年末の南アフリカオープンでは、初日にエルスと並び首位、最後はグーセンと5位タイに入った。試合に勝てたらそれは単にゴルファーとしての成功ではなく、損害賠償を求めたことが誇大妄想的被害者意識でなかったことの証明になると、レイットは考えていた。しかし、その年も戦績は残せなかった。

ここ3年は英PGA南地区のローカル試合に出て何度か勝っている。クラブプロとしてゴルフを教え、インターネットに原稿を寄せるのは楽しい、もうQスクールに行く気はないと言っていたが、2011年正月にはアジアツアーのQスクールを勝ち抜いて年間出場権をとった。ただの腕試しだったのか、アジアの試合に出たのは2試合だけだった。

失くした指先は戻らない。私たちはつねに、いまできることをやって見せなければならない。自分に別の生き方もあることを知るのは、いつなのだろうか。

(2012年1月号月刊ゴルフダイジェスト誌掲載)

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