17番は右側のパー・ストリートから5歩しかないティーから打ち出していく長いパー4で、右に曲がる球を打ってしまったら、走っている車に当てる危険性がある。日本ならこんなホールは存在しないか、あっても高い鉄塔にネットを張って遮断するところだろうが、そこはアメリカのおおらかさというところか。それでも、大事故につながりかねないわけで、俺はいつもかなり緊張する。手応えのいい時しかドライバーを使わないし、フェアウエイ左の木立を向いて打つ。ドライバーを構えておきながら、メルセデスが来るのが視界に入って、アイアンに持ち替えたことも何度かある。今日は当たらないのでアイアンで打ちたかったが、シャンクも怖い。結局、スリーウッドで極端に左を狙って打った。
こんなときに限ってストレートないい球が出た。距離も出て残りは7番で打てた。グリーンは道路から離れているので心配せずに打った2打目は、ホールの左3mについた。今日は自分をコントロールできていないという自覚がある一方で、こうなると、自分を解放すればすべてうまくいくのではないかという思いも入り込むのでゴルフは厄介だ。
傾斜は知り尽くしているグリーンに向かいながらピン・アンサーを抜き、バッグを花道に立てるや、アドレスに入ってすぐ打った。まっすぐ強めに、とだけ考えて打ったバーディーパットは、ホールの左の縁をくるりと回って右30cmに止まった。
*
「カップに蹴られる」とは、いかにも口惜しくて苦々しい思いを表せる表現だし、アメリカ人の同伴競技者がいたなら“Robbed !”と言ってくれていただろう。和訳すれば「奪われた」という意味だから物騒だが、それだけあってはならないことだという憤慨、同情を込めているということだ。ただ、俺はパットが入らなくても自分が不幸だとは感じない。だから、縁を回るようにして惜しくもはずれたパットは“lip(リップ)”とか、“lip out(リップ・アウト)”と言うことにしている。
ホールの縁を指して“lip(くちびる)”とは、すでに19世紀に使われていた。同義で“rim(リム)”“rim out(リムアウト)”という用語もあるが、「リップ」の方がいい。何となく艶があるし、lipと呼び換えたところからは「キスしただけで入らなかった」というような表現の奥行きが生まれるからだ。
クリントン政権の末期には、「オー・モニカ!」などという際どい文句も飛び交った。モニカ・ルインスキーには罪はないが、ビル・クリントンはかなりゴルフ好きで知られていたので、蔑みややっかみではなく、笑いのめしてオシマイにしようというゴルファー同士の愛情あふれる表現かもしれない。ゴルフにのめり込むヤツのことは、ゴルファーなら許せるのだ。
とにかく、まっすぐ打てたのに、左に切れたのはおそらく芝目のせいだ。フロリダのグリーンに多く使われているハイブリッド・バミューダのティフドワーフという芝は、60年代にティフトン328、いわゆるティフグリーンの中から自然変異種として発見された品種で、葉と節間が短く低刈りできるのが特長だが、ダブスはあまり低く刈っていないのでどうしても芝目が強くなるし、もしかしたらいつのまにか先祖返りして328が主体になっているかもしれない。芝目の強さは日替わりだし、時間帯にもよるので、あまり残念がる必要はない。
*
ゴルフは単純なゲームだ。小さな白い球を、その2.5倍もの直径の穴に入れれば完了する。しかし、そこまでのプロセスにはじつに複雑で多様な失敗があり、技術のレベルにかかわらず、不運、不愉快、不幸がひしめいている。いきおい、うまくいかなかった時の表現はじつに多彩だ。ミス(miss;失敗)をかなり細かく分析して表現したり特殊な名称を付けて呼ぶことで、慰めたり、戒めにしたり、笑いのめしてしまおうということだろうか。少なくとも、ミスに固有の名称があることを知るのは「救い」になる。ゴルフの歴史にあっては、誰もが繰り返してきたんだな・・・と。
ゴルフ用語に人体用語は多い。ボールの表面の小さなくぼみを「ディンプル(えくぼ)」と呼ぶのはかわいらしいとしても、「トウ(つま先)」に「ヒール(踵)」、「ベリー(お腹)」に「スカル(髑髏)」。自分の各部位をさすって苦笑いするしかないミスの名称はどうだ。「チャンク(ずんぐり)」「チャビー(太っちょ)」「ヘヴィー(分厚い)」なんてのもあるが、ひどいショットにも親近感は湧いてくる。
今度こそと思って打っても「チョロ」に「チーピン」、「テンプラ(天ぷら)」「リーク(お漏らし)」は容赦なく再現する。いっそのこと、「ヒバリ殺し」に「モグラ殺し」と言い放ち、ミスを競い合って乗り越えよう。
この種の言葉遊びはゴルフの大きな特徴だろうが、ゴルフの潜在的意味が表現次第で取り戻せるような気がする。私はゴルフ専門TV局のコメンテーターだから用語には神経を使うが、もとよりゴルフは表現のゲームであり、言葉のスポーツなのだ。