(2) GOLF CHANNEL

私はゴルフの試合中継のコメンテーターで、縁あってここフロリダ州オーランドのゴルフチャンネルに勤めている。ゴルフチャンネルは1995年にこの地で開局したゴルフ専門のテレビ局で、アラバマ州出身の起業家、ジョー・ギブス(Joseph E. Gibbs)とゴルフ界のキング、アーノルド・パーマーによって創設された。1990年、すでに3つのケーブルテレビの事業会社を作って成功させていたギブスは、1日24時間、ゴルフだけを扱うチャンネルを作るアイディアを温めていた。その年は全米プロ選手権(PGAチャンピオンシップ)が、彼の地元アラバマ州バーミンガムのショールクリークG&CCで開催された。トーナメントの開催される地元では、出場するプレイヤーを自宅に宿泊させて世話をする慣習が、アメリカにはある。ギブスも自宅を開放したが、そのときギブスの家にホームステイしたのはパーマーだった。

「アーノルドを知るにつけ、このゲームがいかに素晴らしいものかを思い知ることになったんだ。彼と一緒にコースを歩いていると、どれだけ皆んなが彼を愛しているか、彼の近くにいたいと思っているかがわかって、圧倒されたような気持ちになった」

チャンネルを立ち上げる実務については経験豊富だったギブスにとって、肝心のゴルフ界には何の人脈もなかったが、パーマーと知り会えたことで話は実現へ向かう。1993年2月、春先のPGAツアーの伝統の一戦、ボブ・ホープ・クラシックの週にチャンネル開設を公に発表。そこから全米の大手ケーブルテレビ運営会社6社を含む複数のソースから資金を集め、1995年1月17日に開局にこぎ着けた。

IMG_0027.jpg社長、CEOとなったギブスは2001年に退くが、創立10周年のパーティーに呼ばれたときのスピーチで当時の苦労を少し覗かせたことがあった。資金集めは当初の思惑通りにはいかず、最後はギブスも諦めかけたという。しかし、そこで踏みとどまったのは、まさにパーマーのパーマーたる由縁だった。プレイヤーとしてのパーマーは、トーナメントでいかに劣勢でも、最後の最後まで諦めずに可能性にかけて、乾坤一擲の一打を繰り出すことで、信じられないような逆転劇を生み、ファンの心をつかんだ。ゴルフがそこまで面白いスポーツで、皆んなが熱狂できると知り始めたのはひとえにパーマーがいたからだと言っても過言ではない。何度も相談を重ねたあげく、どうにも必要な資金額に達しないので撤退せざるを得ないと告げに来たギブスに、パーマーはうんと言わなかったという。そこから何が起きたのかは話してもらえなかったが、いまでは全米8000万世帯にとどまらず、海外108か国に届くネットワークとなった。日本へも1996年から配信されている。世界に聞こえたゴルフ好きの日本へは日本語をつけて放送しようということで通訳人員とともにトーナメント中継のできるアナウンサーが現地雇用されており、そのひとりが私というわけだ。

日本にはゴルフ専門でフルタイムのアナウンサーはいない。日本人としてはゴルフチャンネルにいる私と私の同僚の二人しかいないと思えば、かすかな自負もある。私はおもに欧州ツアーを担当しているが、試合の中継は年間52週のうち40週ほどになる。アメリカにいて日本へ向けて放送をするという構図で長く続けていると、日本国内でのゴルフの人気の在りようをつねに肌で感じとるというわけにはいかないが、逆に、それにあまり左右されないスタンスで淡々と世界のゴルフを伝え続けることができるという利点も感じる。日本からは浮世離れしているように映るかもしれないが、日本人プレイヤーの絡むマーケティングの外にあることが、ゴルフ自体の面白みを伝えるには都合がいいと言えるだろう。

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