マイルズ・タニクリフ

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2002年、イングランドのマイルズ・タニクリフは、プロ転向13年、Qスクールに12回通って、2部のチャレンジツアーでプレイしていた。6月、母をガンで亡くした。亡くなる二日前、自分のために試合に出て勝ってくれと、病床の母が言った。2週間後、地元イングランドでの欧ツアーのグレート・ノース・オープンに出場権を得た。初日はイーブンパーで27位タイ、二日目は2アンダーにするがトップから6打差の17位タイ。三日目に68で回って6アンダーにしたとき、上位が落として首位に並んだ。風の強い最終日、最終組のタニクリフは、前半に二つのチップイン・バーディーをものした。曲がったショットがTV中継機材の車に跳ねて戻ることあった。見事なパーセイビング・パットの連続。その日70を切ったのはタニクリフだけだった。4打差での初優勝を決めて18番グリーンを降りたとき、涙はただ滂沱としてとどめようもなかった。

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