ダレン・クラーク

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北アイルランドのダレン・クラークは2006年8月13日に妻ヘザーさんを癌で亡くした。4年にも及ぶ闘病の末のことだった。それから3週間という段階で、ライダーカップ出場を云々するのは、いかに力量や戦績が申し分なくとも尚早だろうと誰もが思った。しかし、クラーク自身は願った。新聞報道でクラークの意思を知った欧キャプテンのI・ウーズナムはキャプテン・ピックに選んだ。早くも秋色の濃い9月のアイルランド、Kクラブ。初日の1番ティーに上がって来たクラークを迎えたのは万雷の拍手、鳴り止まぬ声援。欧米両サイドともに選手たち全員の志気が高まったように感じられた。クラークは3つのマッチに出て、すべて勝った。クラークのためにも負けられないという欧選手たちの意思は、極度のプレッシャーの中で実力を発揮する起爆剤となり、試合は欧州圧勝に終わった。

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