(3) へぼゴルファーの恐怖

ゴルフについてしゃべることにかけてはプロだが、プレイする方はまったくのダファーで、私のゴルフはいつまでたっても情けない。ゴルフに対しては何か根源的な欲求があるようにも感じているが、それはまだ探索の途中でもあるのでまたいずれ触れることにする。まあ一般ゴルファーにありがちな話として、まぐれ当たりの快感を頼りに、うまく行かないフラストレーションを燃料に変えて、きょうもいそいそとコースへ出かけていくのだ。

ダブスドレッドは、フロリダ州中部のオーランド市が経営する公営コースだ。ダウンタウンを中核として拡がる都市圏の中心部に近い。

ウォルト・ディズニーが大規模に土地を買い占めてアメリカ有数のファミリー・リゾート建設に乗り出すのは60年代になってからのことで、それまでのオーランドは一般観光客が大挙して押し寄せる場所ではなく、富裕層のためののんびりとした避寒地だった。
ダブスドレッドの開場は1924年。オーナーの H・カール・ダン(Hanford Carl Dunn;1885-1940)はオーランドで生まれ、20年代半ばまで続いたフロリダの不動産ブームのパイオニアとして財をなした人物だ。

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不動産で儲けた人物と聞くと、あの手この手の錬金術を想像しがちだが、カール・ダンは至って誠実そのもの。オネスティーこそ商売の秘訣という信念のもとに、オーランドでは同時期の同業者全員の総額を上回る取引を、一人で成し遂げたという*。

当時のオーランドにはすでに、ドナルド・ロスが再設計して1918年に18ホールの完成したオーランドC.C.(現カントリークラブ・オーランド)があったが、カール・ダンはオーランドC.C.の保守性に嫌気がさして自分のコースを造る気になったらしい。そういう事情からか、クラブハウスができるや、有名プロゴルファーがたむろし、カードゲームのギャンブラーたちのたまり場のようになった*。

ダブスドレッド(Dubsdread)という名前は、かなり挑戦的だ。“dub(ダブ)”にはいくつかの意味と由来があるが、19世紀後半のアメリカのスラングの“dub”は未熟で経験の浅い者を指していた。同義の“duffer(ダファー)”も19世紀からゴルフで使われる俗語だが、アメリカでは“dub”が使われたようだ。“dread”は恐怖、畏怖の的という意味だから、ダブスドレッドは“dub’s dread”という造語で「へぼゴルファーの恐怖」とか「ダファーたちの畏怖の対象」といった意味になる。

ゴルフ好きなら、シカゴ郊外にあるコグヒル・ゴルフ&カントリークラブで、米PGAツアーの伝統の一戦、ウエスタン・オープン、現BMWチャンピオンシップが開催されてきていることをご存知かと思うが、コグヒルに4つあるコースの中の4番目が1991年からその舞台。そして、その名前はダブスドレッドだ。

全米有数の名コースとして名高いコグヒルのダブスドレッド・コースは1964年にオープンした。ツアー開催地としては数少ないパブリック・コースで、設計は、アメリカで最もリンクスらしいと言われる現在のシネコック・ヒルズをつくり、フロリダではドラルやベイヒルを作ったディック・ウィルソン(Dick Wilson)とその右腕、ジョー・リー(Joe Lee)だ。

ちなみに日本でも名の知れたロバート・ヴォン・ヘギーは、フロリダでディック・ウィルソンのスタッフとしてドラルのレイアウトを手がけ、その後、独立して日本ではホウライC.C.や西那須野C.C.、スペインでマドリードのラ・イピカ( Real Sociedad Hípica Española Club de Campo )などの美しいコースを設計した。


* )Things Have Changed Since Editor Came Here In 1914. Orlando Evening Star. 1957年10月4日付記事

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