イアン・ポールターと言えば、ライダーカップでのシングルスで負けなし。勝負強さでは群を抜いている。前回のメ ダイナでのライダーカップでも4つのマッチにすべて勝ち、欧州サイドの奇跡の大逆転の原動力となった。38歳。欧ツアー12勝。日本でもオーストラリアでも勝利を重ね、いま やメジャー優勝を目標としているトッププレイヤーだが、今をときめくビッグネームたちが一様にジュニア時代からエリートで、そうそうたるアマチュア時代の戦績をひっさ げてプロになっているなかで、ポールターは異色だ。クラブプロのアシスタントがキャリアの始まりだった。
「15歳のときに学校をやめてゴルフショップで働き始めたんですよ。ゴルフ用品を売ったり、クラブの修理もしたし、ショップのセールスマンの見習いみたいなことでね。な んとか食っていけるかどうかっていうプロはごまんといてね。自分の夢は世界のトッププレイヤーたちを打ち負かして、優勝トロフィーを何度も空に掲げて、ライダーカップ に出ることだった。ロープの外から眺めているのではなくて、ロープの内側にいたかった。アマチュアでのキャリアはまるでないですからね。イアン・ポールターなんてゴル ファーがどこから出てきたのか誰も知らないわけですよ」
Embed from Getty Images
そんなポールター自身にとって、これまでのキャリアでの決定的瞬間は、ライダーカップの極度のプレ一シャーの中で決めたパットや、世界マッチプレイ、WGCアクセンチ ュアマッチプレイ、あるいは初優勝のイタリアオープンでのウィニングパットではなく、1998年の欧ツアーQスクール・ファイナルでの108ホール目の一打だった。
「1998年ですよ、のるかそるかの一打っていうならね。まずQスクールに行ってカードを取らなくては始まらない。自分にやれるのかどうかを知るためにね。ラウンドを重ね るにつれてプレッシャーも高まって行った。リーダーボードを登りつめていったんで、心臓がバクバクしましたよ。 「最終の6ラウンドめの最終ホールに来たときが極めつけでした。パーをとれば夢の土俵に上がれるという状況で、曲げても引っ掛けてもいいからティーショットをフェアウ エイにおく必要があった。で、打ったら、林に一直線。考えられる最悪の場所へ打ち込んだんです。ピンまで238ヤードもあるし、どうしようもないところです。
「2番アイアンで低く出しながらも、ある程度上がる球で林を抜かなければならない。一か八かのショットでしたが、完璧に打てた。いまでも鮮明にそのときの映像が目に浮か びます。ピンは奥の段。球はグリーンへ駆け上がって行って、4m半についた。夢の実現まで2パットとなったんです。」
資料:http://www.golf365.com/index.php/news/9376360?view=golf365article