母の教え

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昨年末の豪マスターズ最終日、地元メルボルン出身、37歳のロバート・アレンビーは1打差を追いかけていた。15番ホールに来たとき、義弟の運転するカートに乗った母の姿が目に入った。普段は米ツアーで戦う息子が戻って来て、豪三大トーナメントの中でも格別に華やかなこの試合でプレイするのを見に来たのだった。

母シルビアさんは末期がんと診断されていた。その週には家族が話し合い、すべての治療をやめることを決めた。三日目に首位に立ったアレンビーの思いはひとつだった。

前日にバーディーをとっているそのホールで6鉄を握り、アレンビーは一度、旗をにらんでから打った。ショットはわずかにリークしてグリーン右のバンカーに落ちた。砂は苦手ではないし、ライは単純だった。しかし1打では脱出できなかった。次打は力なく飛んで、違うバンカーに入った。そこからグリーンに乗せ、パットは一度ですんだが、優勝はこのダブルボギーでひどく遠のいた。

次のティーショットの後、カートまで行って母の背に手を回したアレンビーは、残るホールでパーを重ね、結局3打差の3位に終わった。シルビアさんは年明けに他界した。

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勝って見せたかっただろう。日本向けに生中継していた私は、うつむくアレンビーを映す画面に、無念でしょうとしか言えなかった。死にゆく母の目の前で、アレンビーは何も出来なかったのか。取り返しのつかない失態を演じ、癒えない傷を残してしまったのか。

先日、彼が米国で住むフロリダの地方紙に、近況を伝える記事が載った。あのとき、涙を拭いながら駆け寄った彼にシルビアさんの言った言葉を知って、私はあらためて胸を打たれた。それは母なら誰でも自分の息子に言い聞かせるような、そしてアレンビー自身も何度も聞かされて来たであろう、ごく普通のことだった。

「最後までちゃんとやりなさい。結果はどうあれ、ベストを尽くすことが大事なのよ」

いいところは見せられなかったが、何かを与えられたということなら、それはアレンビーの方ではなかったか。シルビアさんの好きだったバラの薄いピンク色を日曜日には必ず身につけ、アレンビーは試合に出続けている。

(2009年6月11日付毎日新聞夕刊掲載)

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