2006年のアイリッシュ・オープンの日曜日、北アイルランドのダレン・クラークは、9番ホールのティーショットを押し出してラフに打ち込んだところで中断の合図を聞いた。
地元ファンは沸き立っていた。前ホールで2つめのバーディーをものにしてクラークが首位になったからだ。アイルランド人の優勝なら24年ぶりとなる。
このアイルランドで、秋には伝統の米欧対抗戦ライダーカップが初めて開催される。優勝すればメンバー入りは堅い。
欧ツアー10勝、日本での3勝も含め世界中で勝っている。欧州では優勝から3年間遠ざかっていたが、勝ち方は知り尽くしていた。
ただ、集中力は途切れがちだった。その一方で、試合に出ていると、どうすることもできない現実の悔しさから、しばし解放されるようにも感じていたという。
夫人ががんと闘っていたからだ。
その夫人に背を押されて出場した試合だった。
初日から強風、大雨で中断を繰り返す持久戦の果てに見えてきた勝利の意味に、焦がれるような気持ちだったことだろう。
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濡れた芝草に沈むように隠れた球をマークしてコースを後にしたクラークは、ウエッジでフェアウエイに出すしか方法はないと考えながら一晩を過ごした。
翌朝、行ってみると状況は一変。観客が歩き回ったせいか、ラフの芝葉は一様に倒れていて、規定どおりドロップした球はその上に乗った状態。グリーンを狙うには申し分ないライとなった。
居合わせた競技委員は、何ら違反はないと告げた。キャディーは7鉄でグリーン手前に落とせば転がって寄るはずだと進言した。
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しかしクラークは、前日にそうせざるを得ないと判断した通りにフェアウエイにチップして、結局そのホールをボギーにした。試合は2打差の3位に終わった。
自分の気持ちが許さなかった、とクラークは試合後にコメントした。
幸運と享受することもでき得た局面で、クラークは実質的にルールを拒否したことになる。
マスコミは高潔と賞賛したが、プロとしては甘い、自己満足だと嗤う者もあったかもしれない。
いずれにせよ、クラークのエゴこそゴルフの本質ではないのか。無垢な、誰に曲げられることもない拠り所がゴルフにはある。
(2008年2月28日付毎日新聞夕刊掲載)
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*T・ビヨーン(THOMAS BJORN, デンマーク、2006年アイリッシュ・オープン優勝)のコメントも、付記しておく。
ダレンはまさにスポーツマンですよ。このゲームにたいへんなプライドをかけているし、他の何よりも上に置いている。きょう、9番ホールでやったことは、まさに彼の人格を表しているし、このゲームに対する信条を示してる。ゴルフっていうのはね、一人一人よりも、ずっとずっと大きいものなんだ。われわれはルールのもとでプレイするし、そうしなければならない。レフリーを呼んで訊ねることだってできるけれど、われわれは世界中のアマチュア・プレイヤーに対して、このゲームがどんなふうにプレイされるのかっていうお手本を見せなければならないんだ。きょうのダレンは、プロフェッショナル・スポーツマンがスポーツに対していかに向き合っているのか、ということの素晴らしい見本だった。
(You know, Darren’s as good a sportsman as they come. He puts a lot of pride in taking or putting the game above everything else. And what he did on the 9th today just shows his character and his belief in the game. The game of golf is, you know, much, much bigger than any other person. We play under rules and we have to play by those rules ourselves. We can call on referees or whatever, but we have to set an example to amateur golfers around the world how this game was played and Darren was a great example of how a professional sportsman should treat the sport today.)