スライス、フックは、球を操るという意味でゴルフの根幹をなす技術に関わる言葉だ。
スライスは、右打ちなら右に急激に曲がっていく弾道の球を打つことを言い、名詞としては右に大きく曲がるショット。フックは、左に急激に曲がっていく球を打つこと、左に大きく曲がるショットのこと。いずれも、そういう球を打ってしまう傾向をも意味し、英国での文献を辿れば19世紀にすでに使われていた。
日本ではパッティングの場面となると飛び交う言葉でもある。「スライスライン」「フックライン」というように、右に曲がる、左に曲がる、という単純な意味で使われるのが一般的で、曲がる方向を視覚的なイメージとして伝えられるという点で便利なので、慣用されるに至ったのだろう。
さて、この転用は果たして妥当だろうか。
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もちろん表現方法としては可能だ。英語でも、ストロークされた球の軌跡がかなり大きく曲がるものであることを、大げさな感じを出して伝えるための言い方として使える。
しかし、球が直線的に転がらない理由は、芝目など接地面の状態と傾斜、そして風の影響であり、打ち方に関わる用語をそこに当てはめては、言葉の焦点がぼやけ、切れ味が失われてしまうのではないか。
いかなるショットにも必ず意図があるからこそ、用語は生きてくる。パッティングの際に横回転を加える技術やミスもあるわけだし、ラインの基本的呼称としてスライス、フックを使ってしまっては、球を操作する意味や、切る、引っかけるという語感が台無しになるように思われてならない。
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右に、左に。行く、来る、曲がる、切れる、落ちる、流れる。感じることができれば、言い換えは難しくない。手強いのはダブル・ブレークやスネーク。横からの傾斜がかかる下りのパットをスライダーと呼べば、いかにも滑るように速そうだ。スパイク・マークやヒール・プリント(踵の痕)が予想外の挙動も生み、ラインを読むのは心細い作業になる。
いつだったか、欧州ツアー中継でオン・コースのリポーターに「やや右に切れるラインか?」と問うと、「うーん。やや、まっすぐだね」と答えて来た。
分析、予感、そして祈り。打ち手の意図を球は知らず、球の行方は永遠の願いだ。イメージを単純化する言葉は便利だが、すぐに紋切り型となってわれわれの感覚を鈍らせる気がする。
(2007年11月1日付毎日新聞夕刊掲載)
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