もし、この表現を使おうとすれば、伝えようというのは緊迫感であって、安心感ではありません。
強いて使えるとすれば、伯仲した勝負のなかで、情勢が一気に変わりうる重大な出来事が、もう少しで起きそうになりながらも起きなかったとき。大詰めに入った勝負の場面の中継やハイライトを、ドラマティックに演出したいとき。そういう場合には有効かもしれません。つまり、そういう状況は多くないのです。「入らなかったホールインワン」に対して常套句的に使ってはいけない、ということであります。
「あわや」は、副詞として「もう少しでそうなりそうなさま。あやうく。いまにも」という意味で使います。もともとは、驚いた時、危険が近づいたときなどに発する声、「あはや!」から来ているということですが、いまどき、びっくりしたときにそんな風に叫ぶ人はいませんよね。昭和生まれの私だって、古文のクラスの平家物語で教わっただけです。
「あわや・・・」は表現者にとって、思いもよらなかったものごとが間近に迫って落ち着きを失いかけるけれども、回避され、驚きがおさまり、平静に戻ろうというときに使うのが、現代的用法でしょう。実際には、「あわや、大惨事」が典型的であるように、起きなくてよかった負の重大事について使う用例が多く、それらへの連想から、好ましいことに対しては使いにくいと感じます。
だから、「あわや、ホールインワン!」という感嘆のセリフも、受け手に多少の違和感を生むかもしれない。逆に言えば、「入らなくて良かった・・・」とホッとする気持ちをにじませることもできる、ということになるわけです。というわけで、「あわや、ホールインワン!」は、うかつに使ってはいけない表現ということであります。
ゴルフでは、見事なショットや素晴らしいプレイが多く見られた方がいいに決まってます。ゴルフ中継にホールインワンは、ないより、あったほうがいい。だから実況者の感嘆のコメントは不可欠です。視聴者には、喜ばしい期待感をもって観戦してもらわなくてはならないと私は信じているので、もしも、入らなかったホールインワンに「惜しい!」とコメントしなければ、視聴者に届くゲームの楽しみは半減する、というくらいに感じます。ゴルフ中継において、画面に映ったことは、そのままでは50%しか伝わらないときがあると思うのです。
いつ黙るべきか・・・それはトーナメント中継の勘所であり、その伝え手の信条に関わる重要な問題です。画面で明白なこと、わかりきったことは、描写されない方がいいときもあります。それと同時に、時に応じて言わずもがなのコメントをすることが、画面の中の出来事を現実化する、と私は信じています。瞭然たる事実でも、言葉に出して言わなければいけないことはたくさんあると思うのです。そうした言葉が発せられなければ、ゴルフは私たちの中にしみ込んで共感されえない。そうした言葉が発せられなければ、この世界は闇だと、思ったりします。(2015年2月)