(1) パイントの幸せ

「ギネスでいいの?」とサリーが聞いてくる。

18番グリーンの斜め奥にあるタップルームという名のこの店は、私がホームコースのように感じている市営のダブスドレッドGCにあるレストランで、1番ティーを見渡せるテラス側のテーブルには、午後3時ながらすでに一日の仕上げにかかっている老人たちがいる。私はいつも厨房側にあるカウンターだ。

「泡に癒されるのさ」

「いくつ叩いたの?」

「パー・ストリートを渡るときにはダニエル・ポウターを歌ってたよ」

グラスを置いたサリーはまっすぐな眉をひそめ、「ハダ・バッデイ、テイキワン・ダウン♪」と歌いながら行ってしまった。ふっくらとした笑顔をもう少し見ていたかったと思いながら、私は滑らかな泡に口をつけた。

「旅先では、一日が終わると、一日の経験を酒に溶かしこんで飲んでおかねば、後日、わすれるような気がしてならない(司馬遼太郎、愛蘭土紀行)」

司馬先生はダブリンを歩き回った後、宿泊先グレシャム・ホテルのバーでギネスを飲んだようだが、私はダブスを歩き回った後、タップルームでギネスを飲む。

グラスの中はこのフロリダの夕立にも似て、微細な泡が幾重にも折り重なりながら降り注ぐ。その滂沱たるサージを眺めつつ、手応えのよかったショットだけを思い出して悦に入るのが、ゴルフのもう一つの楽しみだ。

上唇に白い口ひげがつくように飲め、と誰かが言っていた。ヘッドと呼ばれるクリームのような泡を先に飲んでしまわない方が、風味を長く味わえる。頭を残すことはここでも重要なのだった。

大麦の香ばしさが、記憶をたどるのに適していると思う。司馬先生は感づいていたのだろう。麦芽に豊富なレシチンは情報伝達物質アセチルコリンの材料になるのだから、脳回路のつながり具合を良くしておくためにも必要だ。

かの国では献血後の鉄分補給にギネスがふるまわれたこともあったらしい。そういえば、きょうはアイアンのショートすることが多かったが、一緒に回った老人は、私の舌打ちが聞こえてもほめてくれた。そうか、手前につける方がここでは得策なんだよ、という意味だったかもしれない。

チアーズ。すべてのゴルフ仲間に。

(2009年3月19日付毎日新聞夕刊掲載)

 

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